美容

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フェイシャルエステ

美容(びよう)とは、身体容姿を理想的な美しさに近づけるために行われる試みや行為である。美容に含まれる範囲には化粧ヘアスタイリングなどのファッションとしての外見操作から、アンチエイジング美容整形といったヘルスケアウェルネスの領域にまで及ぶ[1]。狭義には美容師の業務や技能を「美容」と呼ぶ場合があるが、本項では一般人が自ら行う美容も含め、美容行為全般について述べる。

20世紀以前には、女性らしい・男性らしい体型といった美の規範が普通に語られていた。美容のメソッドはどれも修練に近い辛さがあり、美容の実践者はミロのヴィーナスハリウッドスターといった具体的なイメージに近づくために努力した。個人主義の台頭した現代では、社会は個人の身体に口出ししないことが普通になり、美容による外見操作は以前ほど難しい問題ではなくなっている[2]。現代の美容は、自分自身の身体に責任を持ち、他者に対して自分らしさをいかに見せるかという自己の理解の問題が焦点となっている[2]

歴史[編集]

化粧やボディペインティング、頭部の部分整形といった美容行為は古代から世界の各地で行われてきたが、現代の美容の概念につながるものは上流階級の人々や、娼婦役者など一部の職業人にしか普及しなかった[3]。また、古代の美容行為は儀式的な動機や社会的な要請によって行われる場合も多く、必ずしも個人的な美の希求が動機ともならなかった。古代中国では、色白で艶があり程よい血色を持つ肌と、眉毛の形の美しさが男女を問わず容貌の評価の重点とされた。眉毛の形はと血の循環の正しさによって形成されると考えられたことから、白粉による化粧とともに美容のための鍼灸治療が行われた[4]。『魏志倭人伝』によれば、古代の日本の人々は上半身を朱丹入墨で化粧し、頭髪をみずらで結う風俗が一般的だったが、中国の美意識や美容文化が伝搬し、白粉を使った化粧や「引き眉」「眉画き」といった眉の整形が行われるようになった。[3]。古代以来、化粧は男性が中心に行われてきたが、奈良時代に入ると女性も美容行為の主体となり、メイクの方法も男女で分化するようになった[3]

ヨーロッパではルネサンス期に入り、文芸を通して身体美を賞揚する風潮が発生し、写実的な肖像画が描かれるようになると、女性の身体美への関心が高まるようになった。トマス・アクィナスが自然な肉体美を賛美して以来、美容による人工的な美を虚飾の罪に触れる欺瞞行為として退ける風潮があったが、その規範も16世紀末には緩み始め、白粉による化粧やミルクを使用したスキンケアが普及し始める[5]

17世紀には化粧をすることへの賛否は依然として存在していたが、化粧品はメイクの技巧の多様化とともに発達した[6]。ルネサンス期には女性の身体美への関心は専ら上半身に集中していたが、宗教の影響力の低下とコルセットの流行などに見られるモードの変化によって、女性のボディラインの露出に関する社会的制約も徐々に緩くなり、18世紀には女性の身体美を総体として評価することが一般的な態度となった。また、美容の世界に科学の影響が及び始め、入浴による全身のケアや姿勢の矯正に関心が及ぶことで、美容は衛生健康と密接な関係となって行く。

市民階級が形成され、市民が社会の中心になるにつれて、美容は一般庶民にも普及し始める。日本では江戸時代中期に町人文化が隆盛し、髪結いや化粧が一般化した[3]19世紀のヨーロッパでは、容姿はコードとして認識され、一般市民も多かれ少なかれ美容との関わりを持つようになった。社会に民主主義的な考え方が浸透した結果「自分の身体は自分で決める」という社会意識が形成され、テクニックを駆使して自分らしさを作り出すことが賛美されるようになった[7]。個性的で活動的なパリジェンヌが纏うフランスのファッションが美の規範例として賞揚されるのもこの頃からである。

19世紀後半にはビューティ産業は工業化によって一大産業となり、メディア広告によって大衆に美容への関心を啓発した。19世紀末に出現し始めた百貨店は、美容品を消費する女性客で活況を呈した。また、美しいものは健康であると考える「健康美」という概念に注目が集まり、美容のための体操や室内用の運動器具が流行し、今日にも引き継がれている[8]

20世紀に入ると美容室エステティックサロンといったビューティケアの専門店が出現し、それに伴って美容師エステティシャンなど、それまで存在しなかった職業が現れた[7]。また、それまで主観に頼っていた美容行為の効果を、体重計メジャーによって数値として把握する方法論が出現し、美容は健康問題とより緊密となった。

美容のためのサービス・医療[編集]

理容所・美容所[編集]

ヘアサロン

日本では理容師理容を行う施設を理容所、美容師が美容を行う施設を美容所といい、併せて理美容とも呼ばれる。これらの業務は刃物を使って髪やを剃る床屋が理容所に、女性の髪を結って整える女髪結いが美容師に発展した経緯があり、それぞれが別の資格を必要とするが、実際の業務はオーバーラップしている部分も多く、養成所のカリキュラムも共通している部分が少なくない[9]。20世紀以前には男性客は理容、女性客は美容と分かれる傾向があったが、近年その境界は曖昧となっている。

美容所の業務は、ヘアメイク以外にも着物の着付けやメイキャップ、ネイルケア、フェイシャルエステ、染髪まつ毛エクステンションなど多岐にわたり、それぞれの業務を専門とするサロンもある[9]。また、美容福祉の分野では、化粧を通じて高齢者や患者の心を癒やすメイクセラピーというメソッドも行っている。顔剃りは理容師の資格が必要なため、基本的に理容所で行うことになるが、近年は女性客をターゲットにしたシェービングサロンも存在する[9]

美容術[編集]

美容のための個々のメソッドを美容術といい、エステティックのような全人的なメソッドや、ネイルアートのように身体の一部分にフォーカスしたものなど、様々なものが存在する。

全人的メソッド[編集]

頭部美容など個々の部位のメソッド[編集]

美容に関する学問・施設・アイテム[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 西根栄一『生活者ニーズから発想する健康美容ビジネス』宣伝会議 2015年、ISBN 978-4-88335-330-9 pp.3-4.
  2. ^ a b ヴィガレロ, 2012 & 第17章.
  3. ^ a b c d 飯島伸子 (1988). “美容の社会学序説:美容行為の性差”. 桃山学院大学社会学論集 (桃山学院大学社会学会) 21 (2): 151-174. NAID 110004700809. 
  4. ^ 王財源 (2014). “中国古代「美」意識にみえる鍼灸美容の検討”. 関西医療大学紀要 (関西医療大学) 8: 1-11. NAID 110009879146. 
  5. ^ ヴィガレロ 2012, pp. 65-69.
  6. ^ ヴィガレロ 2012, pp. 122-127.
  7. ^ a b ヴィガレロ, 2012 & 第11章.
  8. ^ 原克『美女と機械:健康と美の大衆文化史』河出書房新社 2010年、ISBN 978-4-309-24507-2 pp.15-18.
  9. ^ a b c 大岳美帆、木村由香里『美容師・理容師になるには』 <なるにはBOOKS> ぺりかん社 2018年 ISBN 978-4-8315-1506-3 pp.52-71,158-159.

参考文献[編集]

  • ジョルジュ・ヴィガレロ『美人の歴史』後平澪子訳、藤原書店、2012年。ISBN 978-4-89434-851-6

関連項目[編集]