渡辺長武

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渡辺 長武 Wrestling pictogram.svg
Osamu Watanabe 1964b.jpg
東京オリンピック
個人情報
フルネーム わたなべ おさむ
国籍 日本の旗 日本
生誕 (1940-10-21) 1940年10月21日(78歳)
北海道和寒町
スポーツ
競技 レスリング
種目 フリースタイル 63㎏級

渡辺 長武(わたなべ おさむ、1940年10月21日 - )は、北海道和寒町出身の日本レスリング選手。1964年東京オリンピックレスリングフリースタイルフェザー級金メダリスト。

略歴[編集]

日本レスリング史上最強と言われる選手のひとり。石材商の家に生まれ育ち、幼少時には石の積み卸しの手伝いをしたという[1]北海道士別高等学校から中央大学に進学。高校時代からレスリングを始めた[1]

1961年ソ連・欧州遠征の全勝を皮切りに1962年の全米オープン選手権、世界選手権、アジア大会、1963年の日ソ対抗戦、世界選手権、マンチェスター国際大会、1964年のソ連・東欧遠征と無敗の快進撃を続けた。

その強さを“アニマル”、技の正確さを“スイス・ウォッチ”と評され[1]1964年東京オリンピックでの金メダル獲得は間違いなしといわれた。渡辺はこのプレッシャーにもめげず、全試合1ポイントも許さずに[1]フォール勝ちで見事に金メダルを獲得、世界選手権と合わせ3年連続世界一の偉業を達成した。渡辺がこの間にマークした「186連勝」はギネスブックにも掲載された。

東京五輪終了後、電通に就職し、新聞雑誌局に配属される[1]1970年の全日本社会人レスリング選手権大会に出場して1勝を挙げる。20年勤務したが、電通での生活に見切りを付け、スポーツ用品会社の役員に誘われたのを機に退社[1]。しかしこの会社の業績が低迷し、次には自らイベント会社を起こしたがこれもうまくいかずに自宅や家庭(妻との間に2女)を失う[1]

再起を期して1987年の全日本社会人レスリング選手権に24年ぶりとなるソウルオリンピックへの出場を賭けて出場したが準々決勝で敗れ、ここで連勝記録が「189」で止まった[1]

渡辺の189連勝については、詳細な記録の残らない海外での試合も多く割り引いて評価する向きもあるが、オリンピックをはじめとする大きな大会ではことごとく勝利を収めている。

その後再婚し、60台までマスターズの試合に出場[1]、2003年にはマスターズレスリング世界選手権で優勝している。この間、1995年第17回参議院議員通常選挙さわやか新党の候補として比例区から出馬した。

2004年、「スポーツ振興」の分野で紫綬褒章を受章した。

2010年苫小牧市長選挙への立候補を表明[2]するも、のちに出馬を断念した[3]

2013年2月、渡辺はレスリングが2020年夏季オリンピックからの除外競技候補となったことについて、取材で「現役時代は、まさに命がけだった。五輪競技から外れてしまったら、命を取られるような思いだ」と述べ、存続に向けて取り組む意向を示した[4]

2017年現在は、全日本マスターズレスリング連盟理事を務めながら、後進選手の指導に当たっている[1]

主な戦績[編集]

フリースタイル・フェザー級

全日本レスリング選手権大会

1960年 - 優勝、1961年 - 優勝、1962年 - 優勝、1963年 - 優勝、1964年 - 優勝

レスリング世界選手権

1962年 - 優勝、1963年 - 優勝

夏季オリンピック

1964年東京オリンピック - 優勝

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j 「東京2020年への伝言(6) 64年レスリング金 渡辺長武さん」毎日新聞2017年1月6日、36頁
  2. ^ “元金メダリストが出馬表明 苫小牧市長選”. 苫小牧民報. (2010年4月8日). http://www.tomamin.co.jp/2010t/t10040802.html 2017年1月7日閲覧。 
  3. ^ “渡辺氏が出馬を断念 苫小牧市長選”. 苫小牧民報. (2010年5月18日). http://www.tomamin.co.jp/2010t/t10051804.html 2017年1月7日閲覧。 
  4. ^ レスリング存続へ「結集を」…東京で金の渡辺氏 読売新聞2013年2月17日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]