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泊村 (北海道根室振興局)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
とまりむら
泊村
古釜布から望む羅臼山
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 根室振興局
国後郡
団体コード 01696-9
面積 535.35 km²[1]
総人口 5,595
(昭和15年国勢調査)
人口密度 10.4人/km2
隣接自治体 留夜別村根室市別海町標津町羅臼町
泊村役場
所在地

北海道国後郡泊村泊 北緯44度08分57秒 東経145度51分59秒 / 北緯44.1491658度 東経145.866523度 / 44.1491658; 145.866523座標: 北緯44度08分57秒 東経145度51分59秒 / 北緯44.1491658度 東経145.866523度 / 44.1491658; 145.866523

泊村 (北海道根室振興局)の位置(日本内)
泊村 (北海道根室振興局)
泊村 (北海道根室振興局) (日本)
泊村 (北海道根室振興局)の位置(北海道内)
泊村 (北海道根室振興局)
泊村 (北海道根室振興局) (北海道)

地図中の 7 が泊村
特記事項 ロシア連邦が占領・実効支配中
ウィキプロジェクト
戦前の泊村

泊村(とまりむら)は、北海道根室振興局国後郡国後島の西半分を占める2023年現在泊村を含む北方領土に日本の施政権は及んでおらず、法令上のみ存在する村[2]となっている。

当該地域の領有権に関する詳細は千島列島及び北方領土問題の項目を、現状に関してはサハリン州#南クリル管区の項目を参照のこと。

地理

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かつての千島国の一部で、国後島西部に位置する。現在は根室振興局の管轄である。

地名の一覧

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以下の小字は1983年3月14日の法務省民二第1821号にて別添に記載されたものであり、登記簿に記載されているため本籍を置くことが可能である。本来国後島2村の登記簿は国後郡泊村にある根室区裁判所泊出張所に保管されており、択捉島分の登記簿はソ連占領前に司法省令のもと紗那出張所から北海道本島の根室区裁判所へ登記簿の移送が行われた[3]のに対し、国後島分の登記簿は移送の司法省令が下されないままソ連軍の上陸も始まった。北方四島に保管されていた公的資料がソ連により破棄・没収されていく中で当時泊出張所に勤務していた浜清氏は出張所の閉鎖・保管していた公的書類の移送を根室区裁判所に打診したが返答は来ず、ソ連占領が迫っている中で浜氏は独断で書類を移送することを決め実行した。当時の全ての資料を根室行きの船に積み込み、無事に北海道本島へ届けられた。この行動に対して根室区裁判所を管轄していた当時の釧路地方裁判所の所長は咎め、浜氏は耐えきれずに辞職。国後島の占領が報じられると所長は手のひらを返し「よくやった」と言い復職を求めたが浜氏は固辞した。こうして命がけで持ち出されていた登記簿が現在も管理されている[4]

登記上に見られる大字小字一覧
大字 小字
泊村 ウエンコタン、ウエンナイ、植内、ヱカンコタン、ケムライ、シロマンベツ、スミヨシ、センベコタン、トマリ、トヱウシハケ、トクチヤロ、ナカノコタン、ニオイ、西通、ノツヱト、東通、ポンタルベツ、ポントマリ
米戸賀村 アヲエサキ、イチビシナイ、イワヲイ、ウエンシリ、ヱトルイ、オンネクシナイ、オンネルス、オタトミ、ヲームイ、カネカルエト、カンバライソ、クシナイ、コタンケシ、サルカマツプ、シヨウシベツ、シヤリキカルベツ、シンコタイ、セセキ、ソウシベツ、チヤルセワツカ、ハツチヤス、ヒロセノサワ、フブス、ペトカ、ポンコタン、ポンクシナイ、ポンカンバライソ、ホンルス
東沸村 イソヤンベツ、ウエンチカツプ、ウラロクシベツ、オシヨウシ、オキノコタン、ヲリコノモイ、キナシリ、キナカイ、ケニタウス、サクマンベツ、サイマンベツ、精進川、セイカラホール、セヽキ、瀬石、セヽキ坂下、チカツプナイ、トツカリムイ、東沸湖、東沸村湖、東沸、トウブツ、ナカノコタン、ヒヒアチカラウシ、フルカマツプ、ポンキナシリ、ポンサクラマンベツ、ポンキナカイ、ポンコタン、ポンチカツプナイ、ポンムニカルシベツ、ボツケ、ムニカラシベツ、ラウス
秩苅別村 アシリコタン、アカンコロベ、イソヤンベツ、ウエンシリ、ウヱンナイ、ヲダトミ、クサリイワ、コンブモリ、、コタンケシ、コマイルシベツ、シブチヤリ、シマノボリ、シンシウカハ、セイタイコタン、チブカリベツ、ツブイシ、ナカノカワ、ニホンユワ、ニキシロ、ビヨウブイワ、ブニ、フシココタン、二ツ岩、材木岩、ヤンベツ、ヨリキガワ、ヨウロウベツ、ワツカチヤラウストマリ

隣接している自治体

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歴史

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  • 1923年 - 泊村(とまりむら)、東沸村(とうふつむら)、米戸賀村(べとがむら)、秩苅別村(ちふかりべつむら)が合併し二級町村として成立。
  • 1931年8月23日 - 東沸のアンノロ沼にリンドバーグ夫妻の機体が不時着。根室を目指していたが濃霧のため国後島まで引き返したもの[5]

行政

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歴代村長

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『根室・千島歴史人名事典』 による[6]

経済

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産業

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  • 缶詰工場 (作万別、キナシリ、古釜布、カクマベツ、ウエンナイ、中ノ古丹、ゼンベコタン、オショウス など)
  • 製材工場 (東沸、秩苅別)
  • 日本鉱業
  • 茂世路鉱業

郵便局

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局記号局名
島ろ国後
島ほ古釜布
島と東沸
島わ作万別
島れ古丹消



公共機関

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警察

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  • 国後警察署

その他

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  • 根室裁判所派出所
  • 国後営林区署
  • 道水産物検査所派出所

地域

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人口

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1926年(大正15年)4,449人世帯数759
1931年(昭和6年)4,670人世帯数846
1935年(昭和10年)5,644人世帯数950
1945年(昭和20年)4,650人世帯数940

留夜別村村勢要覧(1945年は推定世帯数・人口)

教育

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  • 国後小学校
  • 瀬石小学校
  • 古釜布小学校
  • 古丹消小学校
  • 東沸小学校
  • 秩苅別小学校
  • 作喜小学校
  • 中ノ古丹小学校

交通

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道路

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  • 準地方費道84号根室乳呑路線
  • 官設駅逓
ニオイ、東沸、古丹消、中ノ古丹、秩苅別、仁木城

船舶

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名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

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材木岩
蝋燭岩

寺社

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  • 国後神社
  • 作喜神社
  • 中ノ古丹神社
  • 東沸神社
  • セイカラホール神社
  • ケムライ神社
  • 浄土真宗本願寺派西向寺
  • 日蓮宗東沸説教所
  • 曹洞宗松泉寺 (泊村東通)
  • 曹洞宗作喜説教所
  • 曹洞宗瀬石説教所
  • 曹洞宗古釜布説教所
  • 真宗大谷派古釜布説教所

出身者

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脚注

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  1. 根室振興局管内 市町村行財政概要 令和3年度(2021年度)版 10ページ(一覧の面積は国土地理院資料). 北海道根室振興局
  2. 北海道総合振興局及び振興局の設置に関する条例別表第1等に記載されている。
  3. “失われた大地を求めて〈揺れる北方領土その2〉”. 月報司法書士 (242).
  4. 産経新聞 (2016年12月14日). 【プーチン大統領訪日】北方四島元島民、生活の証今も… 命がけで持ち出された登記簿(1/2ページ)”. 産経新聞:産経ニュース. 2026年6月30日閲覧。
  5. やっと霧晴れ、根室に到着『東京朝日新聞』昭和6年8月25日夕刊(『昭和ニュース事典第3巻 昭和6年-昭和7年』本編p760 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  6. 根室・千島歴史人名事典編集委員会 2002, 374頁.

参考文献

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外部リンク

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