水田天満宮

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
水田天満宮
Haiden of Mizuta Temman Shrine.jpg
所在地 福岡県筑後市水田62-1
位置 北緯33度11分55.1秒 東経130度29分8.4秒 / 北緯33.198639度 東経130.485667度 / 33.198639; 130.485667 (水田天満宮)座標: 北緯33度11分55.1秒 東経130度29分8.4秒 / 北緯33.198639度 東経130.485667度 / 33.198639; 130.485667 (水田天満宮)
主祭神 菅原道真
創建 1226年嘉禄2年)
本殿の様式 三間社流造
別名 水田天神、水田天神宮
(江戸時代の資料上の名称)
地図
水田天満宮の位置(福岡県内)
水田天満宮
水田天満宮
テンプレートを表示

水田天満宮(みずたてんまんぐう)は、福岡県筑後市にある菅原道真祭神とする神社天満宮)。境内末社の恋木神社(こいのきじんじゃ)も縁結びの神社として有名。

歴史[編集]

社伝によれば1226年嘉禄2年)、後堀河天皇の勅命により菅原道真の後裔で菅原氏長者(当主)菅原為長によって創建されたという。当地に太宰府天満宮荘園で菅原氏一族の大鳥居氏が支配する「水田荘」があって、その鎮守であった。旧名は安楽寺所司神人所[1]、老松宮など。太宰府に次ぐ九州第二の天満宮と称する。

江戸時代は史料上では「水田天神」の名で記載されている。田中忠政の代とされる「田中筑後守殿家人数並知行」に『千石 水田天神領』とあり、寺社としての序列は3位。田中氏断絶後、立花氏が柳川、有馬氏が久留米に入って筑後国が分割されて以降久留米藩主・柳川藩主等の帰依を得た。立花氏時代の柳川藩の資料「延宝九酉年知行取無足扶持方共」(1681年)に『同(高)五拾石 水田天神宮社領』とあり、柳河藩寺社では14位の位置付けで清水寺の下、祇園宮社の上に記載されている。

幕末期に久留米藩の尊王派学者・志士で久留米水天宮神職でもあった真木保臣(真木和泉守)が藩政改革の失敗により蟄居謹慎のため弟の大鳥居家(水田天満宮神職)に寄寓していた時に住んでいた家「山梔窩」(さんしか、福岡県指定史跡)が天満宮西側にある。住所は福岡県筑後市大字水田242番地1・242番地2である。

境内末社[編集]

恋木神社

恋木神社をはじめとして境内末社が多数ある。

  • 恋木神社・靖国神社・日吉神社・玉垂命神社・稲荷神社・今宮社・今尾社・若宮社・藤太夫社・菅公御子社・坂本社・天子社・八十御霊社・広門社・荒人社・八幡神社・素盞嗚神社・月読神社・屋須田神社・下宮御旅所

文化財[編集]

石鳥居
  • 福岡県指定文化財
    • 本殿
    • 水田の石造鳥居
  • 福岡県指定無形民俗文化財
    • 稚児風流
    • 千燈明

行事[編集]

  • 1月1日 - 1月7日、7日初詣元旦祭り・学業合格厄除祈願祭
  • 1月25日 - 1月26日、初天神開運大祭・商業繁栄開運祈願祭・書初め書道大会
  • 2月25日、春祭梅花祭
  • 3月3日、ひな祭・恋木神社良縁成就祭
  • 2月25日、春祭梅花祭
  • 6月25日、菅公生誕祭
  • 6月30日、大祓祭
  • 7月24日、夏越祭・茅輪神事(連歌会)
  • 8月25日、千灯明花火大祭
  • 10月25日、御神幸祭・稚児風流奉納
  • 11月3日、恋木神社良縁成就祭
  • 11月15日、七五三子供祭
  • 11月25日、新穀感謝祭・神宮大麻頒布祭
  • 12月31日、大祓祭

周辺施設[編集]

  • 筑後市郷土資料館
  • 山梔窩歴史交流館

[編集]

  1. ^ 安楽寺は太宰府天満宮の神宮寺

参考文献[編集]

  • 「柳川歴史資料集成第3集・柳河藩分限帳」(平成10年(1998年3月20日発行、柳川市史編集委員会)
  • 浦辺登著『維新秘話福岡』花乱社、2020年、ISBN978-4-910038-15-5

関連項目[編集]

外部リンク[編集]