木本保平

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木本 保平(きもと やすひら、1944年(昭和19年)6月16日 - )は、日本政治家。元大阪府茨木市長(1期)。大阪維新の会いばらき支部副支部長。茨木市議会議長(第41・48・53代)、茨木市議会議員(11期)を歴任した。

2012年に金融機関から借りた5千万円を市条例に基づく資産報告書に記載しなかったことが、2016年の市長選直前に発覚した。しかも、借り入れのための担保が市税約1千万円を滞納している親族の不動産だったことも判明した[1]

来歴[編集]

大阪府立茨木高等学校関西大学文学部新聞学科卒業。

1971年、茨木市議会議員補欠選挙に出馬し、初当選。以後11期にわたり茨木市議会議員に連続当選し、3度にわたり市議会議長を務める。初当選時は無所属であったが、1977年自由民主党に入党し、2004年から党大阪府連茨木支部長を務めた。2000年第42回衆議院議員総選挙に、市議を辞職して大阪府第9区から無所属で出馬。立候補者6人中得票数4位で、供託金没収は免れたものの落選。その後再び茨木市議選に出馬して返り咲いた。

2011年4月の大阪府議会議員選挙で大阪維新の会公認の松本利明の選挙対策本部長を務める。これが自民党大阪府連により問題視されて離党勧告を受けたが、木本が自主的に離党しなかったため、除名処分が下された。同年12月、茨木市議会の会派「維新の会・みんなの茨木」に入会し、2012年3月に設立された大阪維新の会いばらき支部の副支部長に就任。同年4月、茨木市長選挙に無所属(大阪維新の会いばらき支部・みんなの党大阪府第9区支部推薦)で出馬し、野村宣一茨木市長が支援する前市議会議員の桂睦子らを破り当選した。

2012年茨木市長選挙[編集]

2012年1月、野村宣一茨木市長が高齢や健康問題を理由に、4月の茨木市長選に出馬しない意向を表明した。野村の不出馬表明に伴い、地元選出で大阪維新の会に所属する松本利明大阪府議会議員や市議会会派「維新の会・みんなの茨木」の議員、また連携するみんなの党大阪府第9区支部は公募による市長候補の選出を決定。しかし、立候補を希望した2名がいずれも選考の合格基準に達せず、公募選出を断念[2]。最終的に「維新の会・みんなの茨木」所属の茨木市議である木本が擁立された。

一方、大阪維新の会の動きを警戒する勢力は、前市議会議員で新社会党府本部委員長の山下慶喜や、同じく前市議会議員で元虹と緑の500人リスト全国共同代表の桂睦子を擁立した。また、2009年の第45回衆議院議員総選挙に出馬した医師の吉野宏一も立候補した。

次点の桂睦子は野村市長[3]民主党日本共産党の支援を受け、茨木市制初の女性市長誕生を目指して若さをアピールしたが、木本が7,500票以上の差をつけた。山下は社会民主党の推薦を受けたが、次点の桂の半分の得票に終わった。

なお、自由民主党茨木支部は事実上、木本保平支持にまわり、公明党茨木支部も支持をした。

2016年茨木市長選挙[編集]

おおさか維新の会所属の地元議員らが擁立した弁護士の福岡洋一日本共産党推薦の末武和美らを相手に戦うも落選した[4]

主張[編集]

2013年4月30日の定例記者会見において、日本維新の会共同代表の大阪市長橋下徹による第二次世界大戦における旧日本軍慰安婦に関する発言について「若い人たちが明日にも死ぬ(ような状況の)中で、コンフォート(慰安)を求めた気持ちは理解できなくもない。(橋下氏は)おおむね正しい」「歴史的に見たらどこの国もやっていたと思う。アメリカも韓国も中国も、言えた義理はない」と述べ、橋下を擁護した。一方、慰安婦制度そのものに対しては「あってはならない」という見解を示した[5]

2014年4月12日、茨木市で開かれた慰安婦問題を考えるシンポジウムに出席し、「(軍による)強制連行はなかった」との見解を示した。また、米カリフォルニア州グレンデール市に設置された慰安婦の碑にある「性奴隷にした20万人の婦女子が慰安婦にされた」との記述について、慰安婦募集の強制性を認めた1993年の河野洋平官房長官の談話が影響していると指摘し、「在米日系人の方が肩身の狭い思いをしている。国を挙げて、河野談話を否定していただきたい」と訴えた[6]

脚注[編集]

  1. ^ “茨木市長、5千万円借り入れ不記載 市税滞納親族の不動産担保に、専門家「不明朗」と批判”. 産経新聞. (2016年3月8日). http://www.sankei.com/affairs/news/160308/afr1603080002-n1.html 2016年11月18日閲覧。 
  2. ^ “維新、茨木市長選候補の公募による擁立を断念 大阪”. msn産経ニュース (産業経済新聞社大阪本社). (2012年2月29日). http://sankei.jp.msn.com/region/news/120229/osk12022902120001-n1.htm 2012年4月17日閲覧。 
  3. ^ “茨木副市長ら退職へ”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社大阪本社). (2012年2月29日). http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/osaka/news/20120413-OYT8T00097.htm 2012年4月17日閲覧。 
  4. ^ “無所属新人の福岡氏が三つどもえの激戦制す 現市長の親族の市税滞納問題などが追い風か”. 産経新聞. (2016年4月11日). http://www.sankei.com/west/news/160411/wst1604110007-n1.html 2016年11月18日閲覧。 
  5. ^ 「橋下・日本維新の会共同代表:慰安婦発言「おおむね正しい」茨木市長が会見で持論/大阪」毎日新聞 2013年05月31日 地方版
  6. ^ 産経新聞「慰安婦の強制連行なかった」大阪・茨木市長 「国を挙げて河野談話否定を」2014.4.12 22:19 [1]
先代:
野村宣一
Flag of Ibaraki, Osaka.svg 大阪府茨木市長
第19代:2012年 - 2016年
次代:
福岡洋一