日本の著作権法における非親告罪化

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日本の著作権法における非親告罪化(にほんのちょさくけんほうにおけるひしんこくざいか)とは、日本の著作権法における著作権侵害処罰親告罪ではなくすること。つまり、著作権侵害事件を被害者(著作権者等)の告訴を経ることなく公訴を提起できるようにするということを指す。なお、親告罪においても、第三者による告発や警察独自の判断による捜査、あるいは現行犯逮捕などは非親告罪と同様であり、告訴は強制捜査後に受理する場合もある[1]

背景[編集]

日本において、著作権侵害[2]の刑事罰は大部分が親告罪とされており[3]著作権者告訴しない限り、公訴提起することができず、刑事責任を問うことができない。被害者の告訴がなくても検察が自由に訴追できれば、海賊版を摘発しやすくなるため、著作権者の売り上げを守り、コンテンツ産業の後押しになるとされる[4]。技術的保護手段の回避を行うことを専らその機能とする装置やプログラムを公衆に提供する行為[5]引用の際の出所の明示違反[6]はすでに非親告罪となっている。

法務省警察庁の意見によれば「基本的には、親告罪であることが著作権法違反事件の捜査の大きな障害になっているという認識はない」[1]親告罪であるがゆえに摘発できなかったという海賊版の事例が公に報告されたことはなく[要出典]、現行犯逮捕も行われている[7]。また、裁判をするために送検する時点では「被害者の協力や意向を抜きにして訴追をすることは非常に困難」だとされる[1]

経緯[編集]

日本では、2007年文化審議会 著作権分科会で「親告罪の範囲の見直し」が議論の対象となった。知的財産戦略本部の知的創造サイクル専門調査会で策定された「知的創造サイクルの推進方策(案)」(2007年2月26日)の原案には「非親告罪化する」と断定的な記述をされていたものが、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会の中山主査の提案により「検討する」に修正され、文化審議会で検討されることとなった[8]が、「一律に非親告罪化してしまうことは適当でない」という判断のもと「慎重に検討することが適当である」という結論に至った[1]

その後、2011年になって日米経済調和対話中の知的財産権の項目に、「権利者からの申し立てを必要としない、警察や税関職員および検察の主導による知的財産権の侵害事件の捜査・起訴を可能にする職権上の権限を警察や税関職員および検察に付与し」[9]という記述が含まれ、また、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)でのアメリカ合衆国の要求項目とされる文書[10]にも同様の内容が書かれていることから、著作権法違反罪の非親告罪化がTPPにおける争点となっている[11][12]

営利目的などの場合の著作権侵害を原則、「非親告罪」とする方向である為、主な規制対象は営利目的の海賊版販売やネット上への不正アップ(例:TV・映画・音楽をP2Pで送信やYouTubeで公開等)であり、営利目的でない創作活動やイベント等(個人制作やコミックマーケット等)は非親告罪対象外とする事が可能とされているが、その点に疑問を呈する声も挙がっている。

2015-2016年の著作権分科会[編集]

文部科学相の諮問機関・文化審議会 著作権分科会の小委員会は2015年11月4日、同人誌などに代表される2次創作は非親告罪化に含めない方向で議論を進めることでまとまった[13][14]

ただし、2次創作のみ非親告罪対象外である為、2次創作ではない映画・音楽・放送番組・ソフトウエア・書籍等の著作物を無断で使用・ネット上へアップロードによる著作権侵害は非親告罪の適用対象となる[要出典]

権利者からも「海賊版対策に有効だが、『商業的規模』や『原著作物の収益性に大きな影響を与えない場合』について明確化を図り、被害者が処罰を望んでいるか否かを十分考慮するなど適切に制度が運用されるべき」(JASRAC)、「映画作品のデッドコピーなど、極めて悪質な行為を対象とすれば十分」(日本映画制作者連盟)等、そのままコピーし配布・売買・違法アップロードする行為のみに限定する方向が示された。

2016年2月24日文化庁の文化審議会著作権分科会で著作権法改正案の内容がまとまり、原案通り非親告罪化・保護期間延長・「法定賠償」制度導入の方針が固められた。[15]

元の権利者の収益に影響を与えない二次創作や、漫画の一部を複製する行為などは除外も盛り込まれ、法定賠償制度については、米国の損害額の3倍賠償制度は導入しない事となった。

賠償額についても著作権管理事業者が定めた使用料(コンテンツ提供会社やJASRAC等)の規定を目安とするなどで、米国のような乱訴は起こらないよう配慮された。

この為、個人相手では高々数千~数万円の広告益等程度しか賠償額にならない為、損害賠償訴訟を行う程赤字となり訴訟自体徒労になる[要出典]

一方、著作権侵害動画ばかりの動画共有サイトや違法コンテンツ配信アプリ・不正ダウンロードサイトの場合は広告費及び月額課金等数百万~数十億円単位の主力収入源に対して訴訟を行える為、訴訟対象は違法サイト・アプリ運営事業者となる可能性が高い[要出典]

TPP関連法案国会審議[編集]

非親告罪化はTPP関連法案(第190回国会閣法第47号)に含まれ、2016年に第190回国会に提出された[16]内閣官房TPP政府対策本部によれば、同法案では非親告罪化は「対価を得る目的又は権利者の利益を害する目的があること、②有償著作物等について原作のまま譲渡・公衆送信又は複製を行うものであること、③有償著作物等の提供・提示により得ることの見込まれる権利者の利益が、不当に害されること」の3条件を満たす場合に限るとされた[17]

批判[編集]

日本弁護士連合会2007年2月9日に、著作権者などの権利者の告訴による著作権侵害の発見が効率的であり、また、権利者の意思に反してまで刑罰権を行使するのは適切ではないとして、非親告罪化に反対する意見書を出している[18]

日本の裁判所においてはこれまでパロディを是認する判決は出ておらず、著作権を侵害しているという判断を行われており、弁護士福井健策が「パロディはグレーではなく、日本では駄目というのが裁判所の考え方」と指摘する一方で、文筆家竹熊健太郎は「(理論的には著作権侵害の可能性はあるが)業界のあうんの呼吸でパロディが許されている」とした上で、非親告罪化することによって「告発マニアが訴えたり、警察が勝手に動いて逮捕することになるかもしれない」と批判している[19]

また、インターネットユーザー協会ニコニコ動画などの5者が共同で主催したシンポジウムでは、非親告罪化によって著作権者の意思とは関係なく、二次創作物同人誌コスプレ等が警察によって摘発される可能性があり、新たな創作活動やクリエーター誕生の機会を奪われる可能性があると指摘されている[11][12]。一方で、このような指摘に対しては、TPP交渉への早期参加を求める国民会議は、非親告罪化という妥結が行われる前に日本が交渉に参加して主体的に制度づくりに参加していくことが重要だとした上で、「TPP交渉を機会に、諸外国の考え方(フェアユース等)を参考に、わが国がどのように著作権を保護すべきか考え、(TPPにおける)交渉で日本の主張が認められるよう戦略を練る」べきだと主張している[4]

他にも、弁護士の金井重彦によって、捜査機関が特定の言論人を監視し著作権侵害が疑われる事例を検挙できる上、別件逮捕も容易であり、共謀罪が加われば言論機関を一網打尽にできる等の可能性を指摘されている[20]

アーロン・スワーツマサチューセッツ工科大学からデータベースにアクセスし大量の記事や論文をダウンロードしたとされる事件において、データベース側が訴えを取り下げていたにも関わらずマサチューセッツ州の検察当局は起訴に踏み切っており、日本においても非親告罪化が行なわれれば同様のケースが発生する可能性が出るとされる[21]

赤松健の漫画作品UQ HOLDER!のタイトルロゴの左下に配置された同人マーク。本作が初の採用例

一方、非親告罪化対策の動きとして2013年に二次創作同人誌作成や同人誌即売会での無断配布を有償・無償問わず原作者が許可する意思を示すための同人マークという新たなライセンスが漫画家赤松健の発案により[22]コモンズスフィアによって公開された[23]。赤松は自身の作品UQ HOLDER!でこのマークを採用した[24]

日本国外での実情[編集]

日本以外で親告罪を採用しているのはドイツオーストリアである[要出典]。なお、ドイツではドイツ著作権法109条により特別な公共の利益を理由とした訴追当局による職権関与が例外的に認められる制度となっている[要出典]アメリカ合衆国フランスなどの欧米各国で著作権法に親告罪規定を設けている国はほぼ見受けられない。大韓民国でも2006年12月に営利目的で常習して行われる著作権侵害行為が非親告罪化されている [25]

英米法には親告罪の概念が事実上存在しない[26]。しかし、例えば米国では「犯罪被害者が警察による訴追に協力しようとしない場合は、法律を執行しないことが原則」という運用がなされている[27]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 文化審議会 著作権分科会(第23回)議事録・配付資料 第2節 海賊版の拡大防止のための措置について 平成19年
  2. ^ 著作権法119条
  3. ^ 著作権法123条1項。
  4. ^ a b TPPで「アキバ文化」が失われてしまうの? TPP交渉への早期参加を求める国民会議
  5. ^ 著作権法120条の2第2項
  6. ^ 著作権法122条
  7. ^ 海賊版アダルトDVD所持 著作権法違反容疑で逮捕 産経新聞 2012年9月24日
  8. ^ 著作権分科会 法制問題小委員会(第5回) 2007年6月29日
  9. ^ 日米経済調和対話 米国大使館 東京・日本 2011年2月
  10. ^ This Document Contains TPP CONFIDENTIAL Information MODIFIED HANDLING AUTHORIZED (英語)
  11. ^ a b 「TPPで同人誌は消えるのか?」シンポジウムで激論 BLOGOS編集部 2011年11月07日 19:30
  12. ^ a b TPPに参加すると、コスプレや二次創作物が罪に問われる可能性 ニコニコニュース2011年11月9日(水)12:54
  13. ^ “2次創作は非親告罪化の対象外に 文化審議会の小委員会、方向性まとまる”. ITmedia. (2015年11月4日). http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1511/04/news108.html 2015年11月4日閲覧。 
  14. ^ “文化庁の審議会、「コミケ文化」守ることで合意、TPPで求められるのは著作権侵害の“一部”非親告罪化、海賊版行為に限定・二次創作は除外すべきとのスタンス”. Impress Watch. (2015年11月4日). http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20151104_728975.html 2015年11月4日閲覧。 
  15. ^ “TPP合意対応、保護期間延長や非親告罪含む著作権制度見直し案まとまる”. 知財情報局. (2016年2月25日). http://news.braina.com/2016/0225/rule_20160225_001____.html 
  16. ^ 衆議院 委員会ニュース >第190回国会閣法第47号 法律案等概要
  17. ^ 2016年6月内閣官房TPP政府対策本部「TPPに関するQ&A」
  18. ^ 著作権罰則の非親告罪化に関する意見書 日本弁護士連合会 2007年2月9日
  19. ^ 著作権法違反の非親告罪化でパロディに危機? 「告発マニア生み出す」 竹熊健太郎氏や角川書店社長らがマンガの著作権事情語る INTERNET Watch ( 増田 覚 )2007/10/29 12:19
  20. ^ 「著作権が「脅威」になる日 被害者の告訴なしに起訴、共謀罪も」朝日新聞 2007年5月26日朝刊
  21. ^ 「ネットの天才」の死が問いかけたもの 情報独占との闘争 日本経済新聞 清水石珠実 2013年3月16日
  22. ^ “「警察の萎縮効果狙う」 赤松健さん、2次創作同人守るための「黙認」ライセンス提案”. ITmedia. (2013年3月28日). http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1303/28/news093.html 2013年9月1日閲覧。 
  23. ^ “二次創作の同人活動を認める意思を示す「同人マーク」のデザインが決定”. マイナビ. (2013年8月18日). http://news.mynavi.jp/news/2013/08/18/050/index.html 2013年9月1日閲覧。 
  24. ^ “二次創作OKの意思を示す「同人マーク」運用開始 - 許諾範囲も公開”. マイナビ. (2013年8月29日). http://news.mynavi.jp/news/2013/08/29/121/ 2013年9月1日閲覧。 
  25. ^ 文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員会(第2回)議事録・配付資料 [資料5]-文部科学省
  26. ^ 黒澤睦「親告罪における告訴の意義」法学研究論集第15号(明治大学大学院,2001年9月29日)
  27. ^ 米国司法制度の概説 編集・発行:米国大使館 / アメリカンセンター・レファレンス資料室(2012 年7月) p.97

参考文献[編集]

福井健策著『「ネットの自由」VS.著作権 TPPは終わりの始まりなのか』光文社、2012年9月、ISBN 978-4-334-03707-9