拓跋悉鹿

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拓跋悉鹿(たくばつ しつろく、拼音:Tuòbá Xīlù、? - 286年)は、鮮卑拓跋部の大人(たいじん:部族長)で、拓跋力微の子。兄弟に拓跋沙漠汗拓跋綽拓跋禄官がいる。北魏道武帝により章皇帝と追尊された。拓跋悉禄とも表記される。

生涯[編集]

277年、父の拓跋力微が百四歳で死ぬと、子の拓跋悉鹿が後を継いで大人となった。当時、征北将軍衛瓘の離間の計により、賄賂を受け取っていた烏丸王の庫賢が、部内を散々にかき乱しており、それまで従っていた諸大人は拓跋部から次々と離反していった。

286年、拓跋悉鹿が死ぬと、弟の拓跋綽が代わりに立った。

参考文献[編集]

  • 魏書』(帝紀第一)
先代:
拓跋力微
拓跋部の大人
278年 – 286年
次代:
拓跋綽