微細構造定数

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微細構造定数
fine-structure constant
記号 α
7.2973525664(17)×103 [1]
相対標準不確かさ 2.3×10−10
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微細構造定数(びさいこうぞうていすう、: fine-structure constant)は、電磁相互作用の強さを表す物理定数であり、結合定数と呼ばれる定数の一つである。電磁相互作用は4つある素粒子基本相互作用のうちの1つであり、量子電磁力学をはじめとする素粒子物理学において重要な定数である。1916年アルノルト・ゾンマーフェルトにより導入された[2][3]。記号は α で表される。無次元量で、単位はない。

微細構造定数の

である(2014CODATA推奨値[1])。微細構造定数の逆数(測定値)もよく目にする量で、その値は

である[4]

他の物理定数との関係[編集]

歴史的な経緯から電磁気量に関する量体系には幾つかの種類があり、量体系に依って微細構造定数と他の物理定数との関係式が異なる。なお、微細構造定数は無次元量であり、量体系に依らず、値は変わらない。

国際量体系 (ISQにおいて微細構造定数は

と表わされる[5]。ここで、ħディラック定数c真空中の光速e電気素量ε0電気定数である。電磁相互作用の強さの尺度である電気素量を、量子論を特徴付ける定数であるプランク定数と、相対論を特徴付ける定数である光速度と関連付けている量といえる。なお、電気定数 ε0 の代わりに磁気定数 μ0 を、ディラック定数 ħ の代わりにプランク定数 h を用いると

と表すこともできる[6]

また、CGSガウス単位系4π = ε0 = 1 とする量体系に基づいているので

と表される[6]

さらに、素粒子物理学ではしばしば c = ħ = ε0 = 1 に固定する自然単位系が用いられるので[7][8]

と表される[7][9]

なお、古典電子半径 re = e2/4πε0mec2ボーア半径 a0 = 4πε0ħ2/mee2 および電子コンプトン波長 λe = h/mec との間には

と言う関係があり、微細構造定数は長さ次元を持つ物理定数の間の係数となる。ここで、hプランク定数me は電子の質量である。

歴史[編集]

微細構造定数は1916年ゾンマーフェルトにより導入された。水素原子スペクトル線の僅かな分裂(微細構造)を説明するためにボーアの原子模型楕円軌道を許すように拡張(ゾンマーフェルトの量子化条件)して、さらに相対論の効果を含めた模型を考えた。微細構造定数はボーア模型において基底状態にある電子速度の光速度に対するに等しく、ゾンマーフェルトの解析の中で自然に現れ、水素原子のスペクトル線の分裂の大きさを決めている。

原子構造を説明する理論において導入された定数であったが、現在では原子構造から離れてより一般に素粒子の電磁相互作用の強さを表す結合定数と見なされている。

測定[編集]

微細構造定数に含まれる物理定数において、真空の誘電率 ε0真空透磁率 μ0 = 4π×10−7 H/m を用いて ε0 = 1/μ0c2 と定義され、また真空中の光速c = 299792458 m/s で定義される。したがって、実験的に微細構造定数を求めるには、e2/h の測定が必要となる。微細構造定数の主な測定手法としては、交流ジョセフソン効果量子ホール効果ミューオン電子異常磁気モーメントセシウムルビジウム原子反跳英語版を用いる方法がある[10][11][12]。2016年現在における最も精度の高い測定値の1つは、ハーバード大学の研究グループによる電子の異常磁気モーメント ae の測定に基づくものであり、その値は

で与えられる[13][14]。但し、丸括弧内は標準不確かさ、角括弧内は相対標準不確かさを表す。

交流ジョセフソン効果[編集]

微細構造定数の測定法として、二つの超伝導体が薄い絶縁層を介して結合したジョセフソン接合を用いる方法がある[10]。ジョセフソン接合では、二つの超伝導体の巨視的波動関数同士の干渉効果により、超伝導電流が流れる。この電流密度は波動関数の位相 θi (i = 1,2) の差 θ2θ1 によって、次の形で与えられる。

ここで、微小な一定電圧 V をジョセフソン接合に印加すると、波動関数の位相差は二つの超伝導体の化学ポテンシャルの差を通じて、

の形で時間発展する。但し、定数項 const. は初期位相差である。したがって、電流密度は

角周波数 ωJ交流となる。この現象は交流ジョセフソン効果と呼ばれる。したがって、交流ジョセフソン効果では角周波数 ωJ と電圧 V の測定から e/h を高い精度で得ることができる。但し、微細構造定数に含まれる項 e2/h を定めるには、別の手法での h もしくは e の測定を要するという制約がある。

量子ホール効果[編集]

1980年クリッツィングらによる量子ホール効果の発見は、微細構造定数の測定精度を飛躍的に向上させた[15]。熱攪乱が無視できる極低温では、2次元電子系に垂直に磁場を印加すると、ホール抵抗 RH の値は

量子化される。この現象は整数量子ホール効果と呼ばれる。整数量子ホール効果において、RH は試料の大きさや形状に依存せず、その測定精度は電流-電圧測定のみで定まるため、非常に高い精度で h/e2 を計測することができる。ここで

はフォン・クリッツィング定数と呼ばれる。量子ホール効果による測定では、例えば、アメリカ国立標準技術研究所によって、

が得られている[12][16]

原子反跳[編集]

フォトンを吸収した原子は原子反跳を起こす。運動量 ħk のフォトンに対し、フォトンの吸収で反跳した原子の原子質量を m とすると、反跳速度は vr = ħk/m となる。したがって、反跳速度の測定からプランク定数 h と原子質量 m の比 h/m を求めることができる。微細構造定数と h/m の間には次の関係式が成り立つ。

ここで、 Rリュードベリ定数me は電子質量である。リュードベリ定数については 6×10−10 の相対標準不確かさ、原子質量と電子質量の比 m/me についても 10−10 のオーダーレベルでの相対標準不確かさといった非常に高精度な測定値が得られているため、h/m から微細構造定数を求めることができる[11][12]。例えば、カストレル・ブロッセル研究所英語版の研究グループによる87Rbの原子反跳測定に基づく結果からは

が得られている[17][14]

R.P. ファインマンの言葉[編集]

電子と光子が相互作用する過程を表すファインマン・ダイアグラムの例。実線は電子の伝播関数、波線は光子の伝播関数であり、それらを結ぶ頂点に α が現れる。

量子電磁力学 (QEDにおいて、微細構造定数は電子光子相互作用結合定数である。QEDでは ħ = c = ε0 = 1とする自然単位系がとられるため、微細構造定数は α = e2/4π となり、e = 4πα の関係が成り立つ。QEDの発展に貢献した物理学者R.P. ファインマンはその著書の中で次のように述べている[18]

結合定数 e、つまりホンモノの電子がホンモノの光子を放出、吸収する振幅については、深遠で美しい問いがある。これは実験ではおよそ0.08542455ぐらいに決まる単純な数だ(友人の物理学者たちは、この数字がわからない。というのも、この逆数の2乗を覚えているからであり、およそ137.03597 、最後の桁には2程度の不確かさがある値だ。これは50年以上前に発見されてからずっと謎であり、優秀な理論物理学者たちは皆、壁に貼り付け、悩んでいる。)。すぐにでもこの結合を表す数がどこから現れたのか、知りたいだろう。円周率や、もしかしたら自然対数の底に関係しているのかもしれない。誰もわからないのだ。こいつは全くもって物理学における重大な謎の一つだ。人間の理解が及ばないところから現れた魔法の数だ。

— R.P. Feynman、QED: The strange theory of light and matter

脚注[編集]

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出典

参考文献[編集]

論文[編集]

書籍[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]