宮脇磊介

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宮脇 磊介(みやわき らいすけ、昭和7年(1932年1月2日 - 平成26年(2014年2月9日)は、日本警察官僚。元皇宮警察本部長。元内閣広報官

来歴・人物[編集]

中曽根内閣時代の1986年に、内閣官房再編により、新設された内閣官房内閣広報官室の初代内閣広報官(兼第13代内閣総理大臣官房広報室長)に就いた。

のちのバブル崩壊について、不良債権総額200兆円のうち60兆円がヤクザ絡みだと指摘し、「ヤクザ・リセッション」を造語した。

著書に『騙されやすい日本人』(新潮社、のち新潮文庫)、『サイバークライシス 「見えない敵」に侵される日本』(PHP研究所)。また朝日新聞大阪本社経済部編『なにわ金融事件簿』(かもがわ出版)に作家高村薫との対談がある。

父の宮脇倫は、埼玉県知事(官選)などを歴任した元内務官僚。

2014年2月9日午前、多臓器不全のため東京都新宿区の病院で死去。82歳没。

略歴[編集]

- 東京教育大学附属高等学校(現:筑波大学附属高等学校)卒業。同期に中村靖石井進高階秀爾外山雄三芳賀徹平川祐弘村岡博人など。
- 東京大学法学部卒業
4月 - 警察庁入庁。同期入庁に、鈴木良一警察庁長官)、三島健二郎警備局長)、大高時男内閣調査室長)、飯泉政雄関東管区警察局長)など。
  • 昭和49年(1974年)
8月16日 - 警察庁長官官房企画審査官
  • 昭和51年(1976年)
1月23日 - 大阪府警察本部刑事部長
  • 昭和53年(1978年)
2月21日 - 警察庁刑事局捜査第二課長
  • 昭和54年(1979年)
8月18日 - 岡山県警察本部長
  • 昭和56年(1981年)
8月21日 - 警察大学校特別捜査幹部研修所長
  • 昭和58年(1983年)
3月18日 - 静岡県警察本部長
2月18日 - 皇宮警察本部長
7月1日 - 内閣官房内閣広報官室内閣広報官兼内閣総理大臣官房広報室長
7月15日 - 退官
8月 - 宮脇磊介事務所代表
2月 - イヌイ建物株式会社監査役
2月9日 - 多臓器不全のため死去[1]。82歳没。

その他役職[編集]

著作[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]