定王 (周)

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定王
21王
王朝
在位期間 前606年 - 前586年
都城 王城(洛邑)
姓・諱 姫瑜
生年 不詳
没年 前586年
頃王

定王(ていおう)は周朝の王第21代の王。頃王の子。

紀元前607年10月、兄の匡王が死去すると、後を嗣いで周王として即位した。

紀元前606年春、荘王が大軍を率いて陸渾の戎を討ち、洛水に達した。定王が王孫満を派遣してねぎらわせると、荘王は周の九鼎の軽重を訊ねた。王孫満は天命がまだ革まっていないとして、回答を拒否したので、荘王はあきらめて楚軍を撤兵させた。

紀元前586年11月、死去した。子の姫夷(簡王)が後を継いだ。