失認

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

失認(しつにん)とはある一つの感覚を介して対象物を認知することができない障害のことである。視覚、聴覚、触覚などの他、病態失認や半側空間無視なども失認に含まれる。高次機能障害のひとつである。

失認の定義[編集]

失認という病態が本当に存在するかという点に関しては疑問が投げかけられている。神経心理学では失認とは要素的感覚の障害、知能の低下、注意障害、失語による呼称障害、刺激に対する知識のなさ(なじみのなさ)いずれにも帰することのできない対象認識の障害と定義されている。しかもその障害は特定の感覚に限ったものであり、他の感覚を介せれば認識が可能でなければならない、と定義されている。

視覚失認[編集]

視覚失認では要素的感覚障害がないのにも関わらず視覚的に提示された刺激を理解できない状態である。古典的な神経学のモデルでは視覚的に提示されたものの名前を言う時に3つのプロセスがあると考えられていた。

視覚分析

物を正確に診る段階である。

認知

ひとまとまりの表像として把握する段階と関係深い知識を呼び起こし最終的に意味概念と結びつく段階がある。

呼称

結びつけられた概念を言葉にして音声として発する段階である。

このうちの認知のプロセスの障害が視覚失認であり、ひとまとまりの表像として把握する段階の障害と意味概念と結びつける段階の障害で2種類の病態があると古典的には考えられた。前者を統覚型視覚失認、後者を連合型視覚失認といい、この二つの分類をLissuerの分類という。

視覚失認で行う検査[編集]

視力と視野
知能
全般性注意と空間性注意
言語機能
出来事の記憶
感覚チャネルの特異性

視覚失認でまず行う検査は目の前のものの物品呼称である。WAB失語症検査などが扱いやすい。また視覚失認では物が言えないだけではなく、カテゴリー分類もできない。物品の絵を見せて仲間を選びなさいといった課題も有効である。

視覚性失認の鑑別としては以下のようなものが知られている。

病態 視力検査 対象の呼称 対象の使用をまねる 対象の分類 他の感覚を通して呼称
視力障害 × × × ×
視覚失認 × × ×
視覚性失語 ×
失語 × × × ×

視覚性失語とは視覚的に与えられた対象を呼称できないが、その対象を認識していることを使用法を示したりすることで示すことができる状態である。物体失認と責任病巣が変わらず、左の後頭葉や側頭葉後部が重要視されている。連合型失認と同じ病態という説もある。

視覚性失認の分類[編集]

Lissuerの分類の他、認識できない対象による分類を加えると以下のように纏める事ができる。

統覚型視覚失認

要素的な一次視覚が保たれているにも関わらず、その対象をひとつのまとまりとして把握できないので、提示された物品が何であるのか言えない状態である。形態の認知が障害されており、物品の模写ができず、類似した視覚刺激の異同を判定することもできない。一酸化炭素中毒のようにびまん性で脳後部をおかす病変が有名であるが、左半球の内側、腹側部、特に紡錘状回海馬傍回後部が重視される。物についての知識は保たれており、対象の名前を言われれば正しい定義を述べることはできる。

連合型視覚失認

要素的な一次視覚が保たれており、ひとつのまとまりとして把握はできるが、過去において蓄えられた経験と結びつかないので提示した物品が何であるのかわからない場合を連合型視覚失認という。物品の模写も類似した視覚刺激の異同も判定できるが、物品の名前やその使用方法を示すことができない。側頭後頭接合部の下部の両側性障害、後大脳動脈の脳血管障害で起こることが多い。責任病巣は統覚型視覚失認と同様であり左半球の内側、腹側部、特に紡錘状回海馬傍回後部が重視され、統覚型との病変の違いは明らかではない。対象の知識は保たれており、触覚や聴覚を通せば同定できること、対象の特徴的な動きをみると同定ができる。

多様式失認

統覚型視覚失認や連合型視覚失認が生じる病巣から外側に少し伸展すると視覚による認識障害のほか、両手の触覚による認識も障害される。この状態を多様式失認という。聴覚刺激を介せれば認識することができる。

失認性失読

物品ではなく文字に対する失認であり純粋失読ともいう。みた文字が読めない、文字の形から認識する能力の障害である。自分が書いた文字ですら視覚を介すると理解できない。しかし、文字をなぞったり、手に書かれると触覚刺激となるため理解ができる。運動視に基づいた認識も保たれており、他人が空間に書いた文字などは読むことができる。物品の失認よりも外側であるが、紡錘状回、下側頭回後部などが責任病巣と考えられている。

相貌失認

よく知っている人の顔をみてもそれがだれかわからない。しかし声を聞いたりすれば認識もでき、服装、歩き方などの認識も行うことができる。右半球の紡錘状回の側頭後頭葉移行部に責任病巣が考えられている。

街並失認

よく知っている建物や風景をみてもどこかわからない。そのため道にまよってしまう。風景がどこかはわからないが個々の成分、家、道、木などは同定することができる。右半球の相貌失認より内側、海馬傍回後部が重視される。

聴覚失認[編集]

聴力障害が認められないにも関わらず、言語音あるいは非言語音を認識できない状態を聴覚失認という。厳密には非言語音のみを認識できない場合を聴覚失認(環境音の認知障害ならば環境音失認、音楽の認知障害ならば受容性失音楽という)、言語音のみを認識できない場合を純粋語聾、全てを認識できない場合は全般性聴覚失認と区別することもある。聞こえてはいるのだが、それが何か分からないと訴えることが多い。皮質聾という病態では聴力検査に異常が認められるので失認ではない。

聴覚失認で行う検査[編集]

聴力検査聴覚脳幹誘発電位を行う。これらの検査では正常を示す。また失語症の検査を合わせて行う場合が多い。失語症と聴覚失認の合併を疑える場面は認められるが、聴覚失認の診断には聴覚以外の刺激では理解ができることが必須であるため、内言語障害がある場合は診断ができない。

皮質聾[編集]

皮質聾は皮質性聴覚障害、皮質性難聴ということもある。聴放線、一次聴覚皮質(ヘッシェル回)の両側性障害によって起こるとされている。聴力検査で軽度から中等度の異常を示す場合が多い。あらゆる音刺激に対して聞こえにくさを訴え、聾者のようにふるまうこともある。通常は二相性の経過で発症する。一回目の発作では聴力に関しては無症状であるが、二回目の対側障害で一過性の聾状態となる。経過とともに改善し、聴覚失認の状態となる場合もある。

純粋語聾[編集]

読み、書き、話すことはできるが話し言葉の理解のみが障害された状態である。純粋語聾は両側側頭葉または優位側頭葉の病変によって起こることが多い。両側側頭葉障害では音刺激の時間的知覚の障害(連続する二音の識別覚の低下)で、優位側頭葉病変では言語に関連する音素の弁別障害で純粋語聾の状態となると考えられている。聴覚刺激からウェルニッケ野が孤立する病態が考えられており、ウェルニッケ失語の改善過程でも認められることがある。しかしその場合も診断をすることは難しい。

環境音失認[編集]

動物の鳴き声が認識できないなど、言語や音楽を除く有意味音の同定や認識が障害された状態を示す。

受容性失音楽[編集]

音楽が認識できない状態のこと。

参考文献[編集]