地産

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株式会社地産(ちさん)は、かつて存在した日本の不動産会社である。30社以上の企業で構成される地産グループの中核企業でもあった[1]

東京・渋谷(渋谷区神宮前[2])を拠点にビジネスホテルチェーンやゴルフ場の運営など多角的に事業を行っていたが、2002年(平成14年)に経営破綻した。倒産後の地産はアメリカの投資会社・ローンスターのもとで事業が分割され、かつての地産は現在、パチンコ機器メーカー・株式会社平和傘下の資産管理会社「PGMプロパティーズ」となっている。

概要[編集]

地産の創業は1951年(昭和26年)3月で、実業家・竹井博友が設立した不動産会社 「竹井産業」が始まりである。竹井産業は1965年(昭和40年)9月、株式会社に改組、商号を「株式会社地産」に改めた。地産は同年、渋谷区神宮前6丁目の明治通り沿いに本社ビルを新築、本社をそれまでの青山から移転した[3]

地産は、ゴルフ場開発を手始めに事業拡大をすすめ、ゴルフ場 「チサンカントリークラブ」の運営のほか、全国チェーンのビジネスホテルチサンホテル」を展開、また『アルコート』ブランドでのマンション分譲やオフィスビル賃貸などを行った。

また、地産グループは、株の買い占めなどによって企業買収を積極的に行うことでも知られた。1976年(昭和51年)には東洋観光を買収して傘下に収め、「地産トーカン」と改称した。地産トーカンは、岩手県のスキー場「岩手高原スキー場」などを経営していた。地産が買収した企業には、食品加工会社・エルエムフーズ(現在のローマイヤ)や、1986年(昭和61年)の平田紡績(ヒラボウ)なども含まれる。地産の売り上げ高は最盛期の1990年(平成2年)12月期、約723億7,700万円に達していた[1]

一方、バブル期になると、創業社長であった竹井博友は地産の債務保証による投資財テクを盛んに行い、バブル経済の崩壊とともに多額の債務が発生した。竹井及び地産は、国際航業株をめぐる光進事件(国際航業株事件)で摘発された仕手グループ・光進の有力な資金源となっていた。1991年(平成3年)6月には竹井自身が55億円の利益を隠して33億円を脱税したとして、所得税法違反容疑で東京地検特捜部に逮捕され、翌年に実刑判決を受けて収監されるという事態になった。また、地産は住専の地銀生保住宅ローンの大口貸出先ともなっており、こちらでも多額の不良債権が生じた。

創業者・竹井博友の実子である竹井博史が社長として跡を継いだ地産であったが、1,800億円以上もの多額の債務にスキャンダルによる信用の失墜が重なり、2002年(平成14年)8月に東京地裁に会社更生法の適用を申請して事実上倒産した[1]。負債総額は3,207億円。倒産時の地産は、従業員数647人、ビジネスホテル29店やリゾートホテルのほか、日本国外2ヵ所を含むゴルフ場「チサンカントリークラブ」19ヵ所を運営していた[1]

経営破綻[編集]

地産の経営破綻後、アメリカの投資ファンドローンスターが地産の支援企業となった。地産の事業は経営破綻直前、ホテル事業46.8%、ゴルフ場事業38.7%、不動産事業14.5%という比率になっていたが、ローンスターは地産が保有していた事業のうち、ホテル事業とゴルフ場事業を分割、前者については元々チサンホテルの統括企業のひとつであったユニゾンホテルアンドリゾーツ社を買収してその傘下に買収ホテルを集約、後者については2003年(平成15年)にパシフィックゴルフグループ社を設立して資産管理を行った。

地産の創業社長で地産グループの総帥であった竹井博友は、地産破産後の2003年(平成15年)7月に死去している。また、渋谷区神宮前6丁目の明治通り沿いにあった地産の本社ビルは解体されたが、跡地には香港不動産投資会社・ヴェロックスによる商業ビルが2006年(平成18年)に完成[4]、現在はアウディの旗艦店「アウディフォーラム東京」などが入居している。

ホテル事業[編集]

パシフィックゴルフグループインターナショナルホールディングス社は2004年(平成16年)、「ソラーレ ホテルズ アンド リゾーツ」と改称した。現在もローンスターの傘下企業として日本国内で70余りのホテルを運営・管理しており、『チサンホテル』の名称もブランドとして引き続き使用している[5]

ゴルフ事業[編集]

パシフィックゴルフグループは資産管理を目的とした子会社、パシフィックゴルフプロパティーズ(PGP)社を2004年(平成16年)2月に設立した。PGP社は設立翌月、資産管理を目的に存続していた株式会社地産などを子会社化している。

同年12月になると、ゴルフ場事業を統括する持株会社としてパシフィックゴルフグループインターナショナルホールディングス(PGIH)社が設立された。PGIH社は2010年(平成22年)7月に、PGMホールディングスと改称とした。

2011年(平成23年)12月、PGMホールディングスに対してTOBを実施したパチンコ機器メーカー・平和がPGMホールディングスの買収に成功、ローンスターに代わる新たな所有者となった[6]。かつての株式会社地産の登記上の存続会社は、PGMホールディングス傘下の資産管理会社 「PGMプロパティーズ」となっている。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 倒産情報 「帝国データバンク」 平成14年8月26日
  2. ^ 本社の所在地住所は、東京都渋谷区神宮前6-12-18 であった
  3. ^ 神宮前六丁目 『原宿 1995』 コム・プロジェクト 穏田表参道商店会1994年12月25日発行 p70
  4. ^ http://kstyle.s57.xrea.com/2006/01/post_340.php
  5. ^ 会社概要 平成23年12月現在 ソラーレホテルズアンドリゾーツのウェブサイト、平成24年1月31日閲覧
  6. ^ 親会社、親会社以外の支配株主及び主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ PGMホールディングス株式会社・平成23年11月29日

関連項目[編集]