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千歳 (防護巡洋艦)

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艦歴
発注 1896年度計画
起工 1897年5月1日
進水 1898年1月22日
就役 1899年3月1日
除籍 1928年4月1日
その後 1931年7月19日 撃沈処分
性能諸元
排水量 常備:4,760t
全長 115.2m
全幅 14.9m
吃水 5.3m
機関 二軸レシプロ蒸気機関、円罐12
15,500馬力
最大速 22.25ノット
兵員 434名
兵装 45口径20.3cm単装速射砲2門
40口径12cm単装速射砲10門
40口径7.6cm単装速射砲12門
4.7cm単装速射砲6門
35.6cm水上魚雷発射管4門
装甲 甲板傾斜部:89mm

千歳(ちとせ)は、日本海軍防護巡洋艦笠置型の2番艦である。外交上の問題からアメリカのユニオン鉄工所に発注された。

艦歴

1897年、サンフランシスコで起工、1899年3月1日に竣工し、二等巡洋艦に類別。日本に回航され、4月20日横須賀港に到着した。

北清事変では1900年7月から翌年9月にかけて大沽芝罘方面に出動した。

日露戦争に際しては、対馬海峡警備、黄海海戦宗谷沖海戦日本海海戦等に参加。

1907年2月から11月まで、アメリカ殖民300年祭記念観艦式2月28日ハンプトン・ローズ)に参加し、その後ヨーロッパ各国を歴訪した。

第一次世界大戦では、青島攻略戦に参加、さらにメキシコ湾岸、南中国での作戦に従事した。

1921年9月1日、二等海防艦に類別変更され、1928年4月1日に除籍となり、7月26日、廃艦第1号と仮称。

1931年7月19日、土佐沖で急降下爆撃の実艦的として撃沈処分された。

艦長

同型艦

参考資料

関連項目