前田製菓

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前田製菓株式会社
MAEDA Confectionery Co.,Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 前田製菓
本社所在地 日本の旗 日本
590-0054 
大阪府堺市堺区京町通1番32号
設立 1957年昭和32年)10月1日
業種 食料品
法人番号 3120101007499
事業内容 クラッカー・ビスケットを主とする菓子の製造・販売
代表者 代表取締役社長 前田寬司
資本金 1億8200万円
主要子会社 前田クラッカー
関係する人物 藤田まこと
外部リンク http://www.atarimaeda.com/
特記事項:1918年大正7年)5月5日:前田西洋菓子製造所として創業。
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あたり前田のクラッカー
(画像は2010年以前のパッケージ)

前田製菓株式会社(まえだせいか)は、大阪府堺市堺区に本社を置く、クラッカービスケットを専門とする製菓会社である。1918年大正7年)創業。

概要[編集]

1918年(大正7年)の創業から今日まで、クラッカーやビスケットなどの菓子を製造している。現在は主にスーパーの他、駄菓子店・駄菓子コーナーや100円ショップ業務スーパー、一部の生協などで販売されている。

1962年昭和37年)から1968年(昭和43年)までテレビ放映され、人気を博したコメディ時代劇てなもんや三度笠』(朝日放送制作・TBS系列放送)のスポンサーとしても知られる。主力商品の「ランチクラッカー」は、『てなもんや…』主演の藤田まこと[1]が番組のオープニングで“俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!”というフレーズを発しながらカメラに差し出すコマーシャルで人気商品となった。同番組のエンディングでは、子供役の白木みのると父親役の原哲男が商品を紹介するコントもあった。現在は、テレビラジオでの宣伝活動はおこなっていない(ただし「あたり前田のクラッカー」というフレーズは、現在も商品のパッケージや会社のウェブサイト[2]などで使用されている)。
なお、製菓会社には、大阪府藤井寺市に本社を置き「乳ボーロ」で知られる大阪前田製菓大阪市港区に本社を置き「チューペット」で知られる前田産業、「ホームラン松井秀喜サブレ」(旧「ゴジラ松井サブレ」)で有名な石川県能美市の前田製菓が存在するが、いずれも無関係である。

沿革[編集]

事業所[編集]

  • 本社:大阪府堺市堺区京町通1番32号
  • 堺工場:大阪府堺市堺区協和町五丁480番地

関連会社[編集]

  • 前田クラッカー株式会社:販売部門が独立した会社

主な商品[編集]

  • 前田のクラッカー(小袋8袋入りの箱入りが大阪土産として道頓堀梅田新大阪駅などの土産ショップで限定販売されている。また、災害時の際の非常食用保存缶もあり)
  • 前田のランチクラッカー クラックス(以前は、コイン状に固めた粉末のコンソメスープが付いていた)
  • 野菜クラッカー サプ
  • 黒ごまソフトクラッカー
  • 五穀たっぷりクラッカー
  • ブラックペッパークラッカー
  • のりセサミ
  • 前田のクリケット
  • リサーチシリーズ

以前の商品[編集]

  • 乾パン
  • バタークラッカー
  • 前田ビーベットビスケット (卵味とチョコ味の2つを同梱)
  • セサミハイチ
  • ひじきスナック
  • しらすスナック
  • オーツ麦クラッカー
  • アーモンドソフトクラッカー
  • クリームチーズクラッカー
  • 沖縄産黒砂糖のクラッカー

流行語[編集]

当たり前田のクラッカー

CMで使用された流行語[3]で、かつての「あたりきしゃりき車引き」にとってかわった(地口も参照)。

脚注[編集]

  1. ^ 2010年平成22年)2月17日に、藤田の訃報が発表された際には、同社の知名度の向上に貢献した人物が、泉下の人となったことで、同社のウェブサイトにて弔辞を発表している。
  2. ^ 前田製菓の取得ドメインは、これに因んだ"atarimaeda.com"である。
  3. ^ 「昔の流行語」のランキング一位

外部リンク[編集]