佐々木嘉太郎 (初代)

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初代佐々木 嘉太郎(ささき かたろう、1841年8月1日天保12年6月15日) - 1914年大正3年)12月3日[1])は、日本商人(呉服商)、実業家、政治家貴族院議員(多額納税)、大地主、青森県多額納税者[2][3]。五所川原銀行頭取[3]。旧姓は中村。族籍は青森県平民[2]。3代目・佐々木嘉太郎は孫[4]

経歴[編集]

陸奥国津軽郡金木村(現青森県五所川原市)出身[2]。中村半治郎の長男[2][3]。12歳のときに五所川原の呉服商に丁稚奉公。佐々木喜太郎の養子となった[2]1867年に分家し、一家を創立した[2]。同地平井町に呉服商「布嘉」を開店した[1]1895年津軽鉄道の設立に参画した[1]1897年、五所川原銀行を創業した[1]1904年9月29日、多額納税者として貴族院議員に選出され[1][5]1906年10月10日に辞職した[6]

家族・親族[編集]

佐々木家

青森県北津軽郡五所川原町[2][3]

  • 養父・喜太郎[2][3]
  • 妻・たけ(養父・喜太郎の五女)[2]
1848年 -
1864年 -
  • 養孫・直代(孫・ちよの夫、飛島松太郎の弟)[2]
1884年 -
  • 嘉太郎(長女・りせの長男[3]、妻・すゑは平山為之助の妹[2]、平山雄太郎の四女[3]、前名・嘉造[4]
1879年 -
  • ちよ(養孫・直代の妻、長女・りせの三女)[2]
1883年 -
  • 哲造(長女・りせの三男、妻・キヨは加島長兵衛の二女)[2]
1886年 -
  • 彦造(長女・りせの四男)[2]
1895年 -
  • 曽孫[2]
  • 甥・亀吉(養弟・峰五郎の長男、分家)[2]
親戚

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 佐々木 嘉太郎とはコトバンク。2016年11月15日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 『人事興信録 第4版』さ26頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年11月15日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h 『人事興信録 第3版』さ50頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年12月2日閲覧。
  4. ^ a b 『人事興信録 第13版 上』サ10頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年11月15日閲覧。
  5. ^ 『官報』第6377号、明治37年9月30日。
  6. ^ 『官報』第6987号、明治39年10月11日。

参考文献[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録 第3版』人事興信所、1903-1911年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
  • 東奥日報社編『青森県人名録』東奥日報社、1933年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。