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九郎助稲荷

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九郎助稲荷（くろすけいなり）は、江戸時代に吉原遊廓の廓内にあった稲荷社。

『柳花通誌』には、

正一位黒助稲荷大明神と崇め奉る、今は吉原にて縁結びの神といふ。毎年八月朔日より祭式行れて、ねり物俄等を出して見物山をなす。月々午の日には参詣多し。

と書かれている。鳥居に飾られた額は宝井其角の筆になるもので、「蒼稲魂」と書かれていた[1]。

所在

図の右側が入り口の大門で、九郎助稲荷があるのは図の左下隅。

この神社は、吉原の京町二丁目の隅、最下級の女郎がいる羅生門河岸の稲荷長屋の隣にあった[2]。

廓内には九郎助稲荷に加えて、開運稲荷、榎本稲荷、明石稲荷の4社が四隅にあったが[注釈 1]、九郎助稲荷が一番人気があった[3]。

明治時代になって、他の3社や大門外高札場にあった稲荷社[注釈 2]とともに吉原神社に合祀された。当初は大門外に社殿が建てられたが、後に中の町通りの西側へ移転した。移転時期は、明治5年（1872年）、明治29年（1896年）、大正時代の関東大震災の後など、諸説ある[4]。

由来

昔、千葉九郎助という者が、天から降りたという狐を地内に祀り、それが「田の畔稲荷」と呼ばれてあがめられていたという。慶長年間の末ごろ、遊郭ができるとともに旧吉原に遷され[注釈 3]、明暦年間に浅草に廓が移転するとともに、新吉原へと遷された[5][1]。

『武江年表』万治元年（1658年）の記事には、今戸村百姓九郎吉という男が畑の中にあった稲荷社を吉原へ移した[注釈 4]とある[5][6]。

一方で、木村捨三が『江戸文学新誌』（林美一編）に載せた一文によると、伝えられる来歴は全て虚説と書かれている。その記事によると、元禄3年（1690年）刊の一枚刷り吉原細見『絵入 大画図』には、京町二丁目（新町）から京町河岸（新町河岸）に曲がる場所に、九郎介という局女郎5人の小さい娼家があったとされる。宝永4年（1707年）の『武江新吉原町図』には、同じ場所に稲荷社の鳥居と万屋市郎兵衛という商人の名が記され、同年に描かれた『ゆきのゑじこう』という吉原を舞台にした浮世草子の4巻に「新丁のいなりさまへ五しきのかねを揚て云々」と書かれており、これが九郎助稲荷の前身だという。ただし、この時点では「九郎介（九郎助）」という呼び名はまだ無く、享保元年（1716年。推定）の『吉原細見花車』に「九郎介いなり 別当善徳院」と書かれていたということである[7]。

行事

午の日の縁日

毎月午の日は、九郎助稲荷の縁日とされ、小間物商人や植木屋たちが店を出してとても賑やかだった[注釈 5]と伝わる[8]。

2月の初午は特に賑わい、願い事をしようとする花魁たちが集まって、狭い境内が大混雑になった[9]。

俄

8月は1日から1ヵ月間、九郎助稲荷と秋葉権現で「俄（にわか）[注釈 6]」と呼ばれる祭礼が行われた。俄は、即興で演じる滑稽な寸劇のことで、笛や鉦、太鼓のお囃子を引き連れて、吉原の芸者たちが通りを練り歩いた[注釈 7][10]。

俄は、享保19年（1734年）8月朔日（1日）に大祭が行われ、そのときに余興として催された踊りが由来と伝えられている[注釈 8]。ほかにも、安永から天明年間のころに、仲の町の桐屋伊兵衛という歌舞伎の真似事が好きな茶屋の主が、角町の妓楼中万字屋たちと相談して、俄狂言を作って仲の町を往還した。これが面白い、風流だと評判になり、引き続いて狂言の趣向をこらしたのが始まりともいう。九郎助稲荷の祭礼に始まったという説もある[11]

九郎助稲荷を題材にした川柳

廓外に出られない遊女たちは、何かあるとすぐに九郎助稲荷へ詣って願をかけたと言われる[16]。以下の歌はその様子を詠んだもの[5][17]。

  • 九郎助の氏子やっぱり狐なり
  • 化かせ化かせと九郎助の御神託
  • 九郎助はいなり仲間の色男

吉原の入り口の大門には、廓内の防犯や警備を担当した四郎兵衛会所があった。

  • 四郎九郎ハ門と五丁のまもり神[12]
  • 神に九郎助関に四郎兵衛[12]

脚注

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注釈

  1. ^ 廓内、北隅の西河岸、江戸町一丁目の榎本稲荷。東隅の西河岸、江戸町二丁目に明石稲荷。西隅の羅生門河岸側の京町一丁目にあるのが松田稲荷（別名開運稲荷）。
  2. ^ 大門外高札場の玄徳（よしとく）稲荷。
  3. ^ 『吉原大全』。
  4. ^ 「今戸村百姓九郎吉が男、九郎助、畑の中の道に在りし稲荷社を吉原へ移す。是を九郎助稲荷といふ」。
  5. ^ 毎年午の日京町二丁目九郎助稲荷の縁日とて、小間もの商人植木屋など種々の見世を出して賑かなり（『春色梅美婦禰』）。
  6. ^ 「仁和賀」の表記もあり。
  7. ^ 「八月俄狂言、俄とのみ下略して云也。毎年八月朔日より晦日に至る、秋葉権現の祭祀に拠て之を行ふ也。男女芸者種々に扮し、男は芝居狂言に洒落を加へ、女は踊り所作の類を専らとし、各囃子方を備へて之をゆく。男女各舞台を別にし車ある小舞台数ヶを造り、仲之町両側を引巡り、茶屋一戸毎に一狂言して次にゆくと、次の台を引来り、又これをゆく。女舞台、男舞台相交へひく也」（『守貞漫稿』）
  8. ^ 「正一位黒助稲荷大明神と崇め奉る、今は吉原にて縁結びの神といふ。毎年八月朔日より祭式行れて、ねり物俄（にわか）等を出して見物山をなす。月々午の日には参詣多し」（『柳花通誌』）
  9. ^ 遊女の願いは、「苦界から抜け出したい」というものであるため、その願いは結果的には「九郎助稲荷から別れること」であることを詠んだ歌。
  10. ^ 27歳で年季明けとなった遊女がお礼参りに来た女性の姿を詠んだ歌。
  11. ^ 年季が明けて「素人」になった遊女が、それまでお詣りしていた九郎助稲荷に御礼参りにきた姿を詠んだ歌。
  12. ^ 年季が明ける前に廓から逃げようとする遊女もおり、その姿を詠んだ歌。

出典

  1. ^ a b 三谷一馬『江戸吉原図聚』立風書房、139頁。「九郎助稲荷」同『江戸吉原図聚』中公文庫、247頁。
  2. ^ 三谷一馬『江戸吉原図聚』立風書房、139頁。「九郎助稲荷」同『江戸吉原図聚』中公文庫、247頁。永井義男『図説 吉原入門』学習研究社出版、98頁。渡辺憲司監修『江戸三〇〇年 吉原のしきたり』青春出版社、83頁。
  3. ^ 三谷一馬『江戸吉原図聚』立風書房、294頁。北村鮭彦『お江戸吉原ものしり帖』新潮文庫、40-41頁。永井義男『図説 吉原入門』学習研究社出版、98頁。渡辺憲司監修『江戸の暮らしが見えてくる！ 吉原の落語』青春出版社、138-139頁。「稲荷社」三谷一馬『江戸吉原図聚』中公文庫、196-197頁。「九郎助稲荷縁日の賑わい」同、529頁。
  4. ^ 北村鮭彦『お江戸吉原ものしり帖』新潮文庫、40-41頁。「稲荷社」三谷一馬『江戸吉原図聚』中公文庫、196-197頁。
  5. ^ a b c d e 「九郎助稲荷」興津要『江戸吉原誌』作品社、59-61頁。
  6. ^ 花咲一男『江戸吉原図絵』三樹書房、106頁。
  7. ^ 花咲一男『江戸吉原図絵』三樹書房、105頁。
  8. ^ 三谷一馬『江戸吉原図聚』立風書房、294頁、同『江戸吉原図聚』中公文庫、529頁。永井義男『図説 吉原入門』学習研究社出版、98頁。
  9. ^ 北村鮭彦『お江戸吉原ものしり帖』新潮文庫、316-317頁。永井義男『図説 吉原入門』学習研究社出版、206頁。渡辺憲司監修『江戸三〇〇年 吉原のしきたり』青春出版社、79頁。三谷一馬『江戸吉原図聚』中公文庫、490頁。小野武雄『吉原と島原』講談社学術文庫、106頁。
  10. ^ 渡辺憲司監修『江戸三〇〇年 吉原のしきたり』青春出版社、83頁。三谷一馬『江戸吉原図聚』中公文庫、490頁、542頁。
  11. ^ 「稲荷社」三谷一馬『江戸吉原図聚』中公文庫、196-197頁。「九郎助稲荷」同書、247頁。「仁和賀（一）」同書、542頁。
  12. ^ a b c d e f 花咲一男『江戸吉原図絵』三樹書房、106頁。
  13. ^ 永井義男『図説 吉原入門』学習研究社出版、98頁。
  14. ^ 興津要『江戸吉原誌』作品社、129-130頁。
  15. ^ 三谷一馬『江戸吉原図聚』中公文庫、337頁。
  16. ^ 永井義男『図説 吉原入門』学習研究社出版、166頁。
  17. ^ 北村鮭彦『お江戸吉原ものしり帖』新潮文庫、40頁。

参考文献

遊女（花魁）
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