中島浩二

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中島 浩二(なかじま こうじ、1965年12月1日 - )は、福岡を中心に活動している日本ローカルタレントディスクジョッキー兵庫県尼崎市生まれ・福岡県大牟田市育ち(父親の実家がある大牟田へ小学3年の時に転入)。西南学院大学卒業。通称・なかじー。別名・昆虫田虫吉(こんちゅうだ・むしきち)。

来歴・人物[編集]

  • 「1965年12月1日(22時頃)、3200gで元気に誕生。血液型・A型。割と几帳面」と中島は述べている。
  • 大牟田高等学校において、村上隆行と同級。
  • 西南学院大学においてディスクジョッキー研究会に所属。
  • 西南学院大学時代からKBC九州朝日放送に出入りしていて卒業してOA機器「リコー」に就職したが半年後に退職。その後、大学の先輩で、元PAO〜Nスタッフ「お茶くみせっちゃん」こと、瀬筒義久が立ち上げた番組制作会社「サンケン」に入社。
  • KBCラジオの夜の若者向け夜ワイド番組『PAO〜N ぼくらラジオ異星人』の番組スタッフとして活動。そのキャラクターと実力を買われ、PAO~N終了後の夜ワイド番組のパーソナリティに抜擢、1990年4月から1996年3月に放送された『中島浩二アワー THE3P』(放送開始から3年間は『ナイトスロープ3P』の番組タイトルで放送)で、10代~30代の若いリスナーの支持を獲得する。
  • 同時に、番組制作ディレクターとして、KBCテレビの夜の若者向け情報バラエティ番組『ドォーモ』にスタッフとして参加。その実力が評価され、リポーターに抜擢。第1回放送のオープニングに流れる曲の再生ボタンは中島によって押された。
  • 1999年より、ドォーモの二代目メイン司会を担当している。2013年1月からは木曜日深夜のみ出演。水曜日深夜は「グラサン中島」名義でナレーションを担当することがある。
  • 現在では、木曜日の深夜は『ドォーモ』、平日の午前中に、fm fukuokaモーニングジャム』のメインDJ、さらには、水曜日の昼に、KBCラジオ『PAO〜N』の出演をこなす。
  • 大のサッカー好き。『ドォーモ』の出演時にFCバルセロナのユニフォームを着ることがある。KBCのHP内のアビスパ福岡コーナーブログ担当をしている。
  • 博多祇園山笠では、西流に参加している。また、KBCの山笠中継では、追い山のスタート地点からリポートを担当したことが、数回ある。2008年の追い山では、念願の台上がりを務めた。
  • アビスパ福岡の選手はもちろんのこと、福岡ソフトバンクホークス小久保裕紀斉藤和巳両選手とも交流がある。
  • 好物は料理乃木坂46地球儀世界地図マニアである。
  • 2015年11月16日、地元大牟田市の「大牟田市制100周年広報大使」に任命された。(大牟田市は平成29年3月1日に市制100周年を迎える)
  • 喫煙者である。(2017年4月21日放送のモーニングジャムでの発言より)
  • 2017年11月6日エフエム福岡モーニングジャムのゲストに田村ゆかり(中島浩二アワー THE3P以来の共演)がゲストに出演の際、ツッコミを入れながら終始照れていた。田村本人からラジオの神様と言われていた。

現在の出演番組[編集]

CM[編集]

過去の出演番組[編集]

エピソード[編集]

  • 『ドォーモ』の中島の企画コーナーでは、高橋徹郎とコンビを組むことが多い。(時々、コンバット満岡本啓も加わることもある。)
  • ドラえもん大山のぶ代時代)のものまねをよくしている。また『PAO〜N』ではおすぎのマネもよくしている。そのおすぎとは月曜日の『PAO〜N』で沢田幸二のピンチヒッターとして年1,2回ほど共演している(初めて沢田のピンチヒッターを務めた際、おすぎと対面するのは14年ぶりだったという)。
  • KBC九州朝日放送の元アナウンサー(現在はラジオ制作部所属)である和田安生は大学のサークルの先輩(ただし、出会ったのは大学卒業後)。中島がメインパーソナリティをしていたラジオ番組『3P』、同番組終了後はTV番組『オハコンTV・Zooo』の中で、「和田君と中島君」という2人の雑談コーナーを放送していた。

外部リンク[編集]