中島一夫

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中島 一夫(なかじま かずお、1968年5月17日 - )は、日本の文芸評論家近畿大学文芸学部教授。日本文学専攻。

略歴[編集]

石川県生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科修士課程修了。早稲田実業学校中等部・高等部教諭、早稲田大学講師を経て、2006年近畿大学文芸学部准教授、2014年教授。2000年に「媒介と責任─石原吉郎のコミュニズム」(『収容所文学論』所収)で新潮新人賞(評論・ノンフィクション部門)を受賞。2008年初の著書『収容所文学論』を上梓。

教員時代にはサッカー部の顧問を担当し、東京都中体連サッカー大会優勝監督となった。

著書[編集]

  • 『収容所文学論』論創社、2008

批評文[編集]

  • 柳宗悦」(『「昭和」文学史における「満洲」の問題(一)』)
  • 「意識の閾域──芥川龍之介『玄鶴山房』を中心に」(『国語と国文学』1996年4月号)
  • 「興奮と熱狂──志賀直哉『范の犯罪』はいかに機能したか」(『社会文学』1996年7月号)
  • 「教課審「最終答申」を読む/高校教育課程 高校教育を変えられるか」(『教育評論』1998年9月号)
  • 「媒介と責任──石原吉郎のコミュニズム」(『新潮』2000年11月号、『収容所文学論』)
  • 「非合理の暴力(ヴィオレンツァ)─パゾリーニの抵抗」(『新潮』2001年5月号、『収容所文学論』)
  • 「「行動」という強迫(オブセッション)」(『ユリイカ』2001年6月号)
  • 「文芸時評」(『新潮』2001年9月~12月号)
  • 「悪魔の生成過程──小林秀雄と学生運動」(『早稲田文学』2002年1月号)
  • 「文芸」(『週刊読書人』2002年1月~2003年12月)
  • 柄谷行人フーコー──柄谷行人柄谷行人初期論文集』書評」(Web CRITIQUE 2002[1]、『収容所文学論』)
  • 市川真人氏に反論する」(web重力[2]
  • 「隣接に向かう批評──絓秀実の「六八年史論」試論」(『重力02』、『収容所文学論』)
  • 池澤夏樹編『ことばのたくらみ──実作集』書評」(『新潮』2003年4月号)
  • 福田和也『現代文学』書評」(『文學界』2003年4月号)
  • 阿部和重『シンセミア』を読む──汚辱に塗れた人々の生」(『週刊読書人』2003年11月21日号、『収容所文学論』)
  • 「踏切りを越えて──志賀直哉の"幼女誘拐"」(『新潮』2004年5月号、『収容所文学論』)
  • 「ファシストの孤独──福田和也『イデオロギーズ』書評」(『波』2004年6月号)
  • 大杉重男『アンチ漱石──固有名批判』書評」(『週刊読書人』2004年6月4日号)
  • 「「空白」の中の延命装置──柄谷行人と批評の空間」(『ユリイカ』2004年8月号、『収容所文学論』)
  • 「福田和也から詩を奪回する──守中高明『存在と灰 ツェラン、そしてデリダ以後』書評」(『新潮』2004年9月号)
  • 「出口のない真夜中に倫理はあるか──村上春樹『アフターダーク』書評」(『週刊読書人』2004年9月17日号)
  • 「パロールの戦場─日本文学の分水嶺と津村喬」(『思想読本11 1968』)
  • 「文学を畏れない者は幸いである──斎藤環『文学の徴候』書評」(『新潮』2005年2月号)
  • 「朝倉祐弥『白の咆哮』書評」(『週刊読書人』2005年2月25日号)
  • 「志賀の豊年、三島の大飢饉──丹生谷貴志『三島由紀夫とフーコー〈不在〉の思考』書評」(『新潮』2005年4月号)
  • 「『グランド・フィナーレ』を少女愛(ロリコン)抜きで! 」(『新潮』2005年7月号、『収容所文学論』)
  • 「嫉妬と民主主義」(『新潮』2005年7月号、『収容所文学論』)
  • 星野智幸『在日ヲロシヤ人の悲劇』書評」(『新潮』2005年9月号)
  • 「滅びようと望む人間たちの向かう先には 」(『文藝』2006年春季号、『収容所文学論』)
  • 「疲労の報酬」(『新潮』2006年2月号、『収容所文学論』)
  • 中上健次高澤秀次中上健次[未収録]対論集成』書評」(『週刊読書人』2006年2月10日号)
  • 中村文則『銃』解説」(新潮文庫、『収容所文学論』)
  • 柄谷行人『世界共和国へ』書評」(『新潮』2006年8月号)
  • 「空虚と反復──村上春樹の「則天去私」」(『文學界]2006年8月号、『収容所文学論』)
  • 「転向の現在と批評──「自分探しの旅」を降りるための必読批評10」(『ユリイカ』2006年9月号)
  • 池田雄一『カントの哲学──シニシズムを超えて』書評」(『週刊読書人』2006年9月8日号)
  • 太田光中沢新一『憲法九条を世界遺産に』書評」(『新潮』2006年11月号)
  • 「いつのまにか染み(それ)は広がっている──絓秀実『1968年』書評」(『文學界』2006年12月号、『収容所文学論』)
  • 「文芸批評批判序説」(『述』1、『収容所文学論』)
  • 「退屈死に瀕した「現代小説」のために──中上健次『現代小説の方法』書評」(『文學界』2007年4月号)
  • 大西巨人鎌田哲哉『未完結の問い』書評」(『週刊読書人』2007年4月13日号)
  • 「第一人者が語るナショナリズムの来歴と行く末──梅森直之編著『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』書評」(『週刊文春』2007年6月21日号)
  • 「境界線は何度も引きなおされる──大澤真幸『ナショナリズムの由来』書評」(『新潮』2007年10月号)
  • 大西巨人『地獄篇三部作』書評」(『週刊読書人』2007年10月5日号)
  • 「ポスト歴史を逝く=生くために──星野智幸『無間道』書評」(『群像』2008年1月号)
  • 「木登りする安吾──「文学のふるさと」再考」(『ユリイカ』2008年9月号)
  • 「妄想がリアルになるとき──埴谷雄高から「サイレントテロ」へ」(『en-taxi』2008 AUTUMN No.23)

討議[編集]

外部リンク[編集]