ルースキー・ミール

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Russian World、O. Kuzmina作(CGI英語版、2015年)。ミーニンとポジャルスキーの像英語版の背後にモスクワ聖ワシリイ大聖堂を描いている。

ルースキー・ミールロシア語: Русский мир[1][2][3])またはロシア世界は、ロシア文化英語版に関連する社会的全体性である。「ルースキー・ミール」はロシアの中核となる文化であり、伝統、歴史およびロシア語を通じてロシアの多様な文化と相互作用している。世界に影響を与えているロシア人のディアスポラ英語版も包含する[4][5]。ロシア世界の概念は「ロシアらしさ」という考え方に基づいているが、どちらも曖昧であると考えられてきた[6]。ロシア世界とその認識は、ロシアの歴史を通じて生まれ、その時代時代によって形作られた。

歴史[編集]

ロシア帝国以前と帝政期[編集]

「ロシア世界」という用語の最も初期の使用の1つは、11世紀のキエフ大公イジャスラフ1世に帰せられる。イジャスラフ1世はローマ教皇クレメンス1世を称賛する中で、「彼の主人のタラントを増やす英語版忠実な奴隷への感謝を込めて - ローマにおいてのみならず、いかなる場所においても: ヘルソンでも、そしてロシア世界においても(ロシア語: с благодарностью тому верному рабу, который умножил талант своего господина - не только в Риме, но и повсюду: и в Херсоне, и еще в Русском мире)」と述べた[7][8]

16世紀、ロシアは自己完結的な世界として形作られた。知らず知らずに、ロシア世界も西洋世界と東洋世界/オリエントからの影響を吸収した。たとえ、その影響がロシア世界の発展の文脈においてかなり小さいものであったとしても。ツァーリの王座が意識的にロシアをヨーロッパ化しようと試みたのは17世紀、18世紀になってからであった[9]

ロシア帝国では、ロシア世界の思想は保守ナショナリズム的であった。ルースキー・キール基金英語版の代表ヴァチャスラフ・ニコノフ英語版は、ロシア世界はロシア固有のものを超えることはなかった、と述べた。ニコノフは、これらの時代[いつ?]世界の人口の7分の1がロシア帝国に住んでいたが、現在は50分の1だ、と嘆いた[10]

1990年代[編集]

ソビエト崩壊後のロシアにおけるこの概念の復活の背後にいる著名な作家としては、ピョートル・シュチェドロヴィツキーロシア語版、イェフィム・オストロフスキー、ヴァレリー・ティシュコフ英語版、ヴィタリ・スクルィーニク、タチアナ・ポロスコワ、ナタリア・ナロチュニツカヤ英語版らが挙げられる。ロシアがかなり多民族的で多文化的国家としてソビエト連邦から生まれたため、「ロシア思想英語版」を統一するためには、ロシアは自民族中心主義ではいられなかった。これが、ロシア帝国末期の正教、専制、民族性英語版の原理にあったためである。2000年、シュチェドロヴィツキーは、論文「ロシア世界と国境を越えたロシア性」において「ロシア世界」の概念の主要な考え方を提示した[11]。その中で中心的なものの1つがロシア語であった[4]研究者のためのウッドロウ・ウィルソン国際センターのAndis Kudorsは、シュチェドロヴィツキーの論文を分析し、これが、18世紀の哲学者ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーによって思考に対する言語の影響(言語的相対論と呼ばれるようになった)に関して最初に提示された考えに続いている、と結論付けた[4]。つまり、ロシア語を話す人々はロシア語で考えるようになり、結局はロシア語で行動するようになる、というものだ。

プーチン時代[編集]

結局、ロシア世界の考え方はロシアの政権によって採用され、2007年にはウラジミール・プーチンが政府が資金提供するルースキー・ミール基金を設立する大統領令を発した。数多くの観測筋は、ロシア世界の概念の振興を、ロシアの復興あるいはその影響力をソビエト連邦およびロシア帝国の版図まで戻すという報復主義英語版的考えの一要素であると見なしている[12][13][14]

その他の観測筋は、この概念をロシアのソフト・パワーを伝えるための道具であると説明している[15][4]ウクライナでは、ロシア世界の振興はウクライナにおけるロシアの軍事干渉と強く結び付けられるようになってきた[16][17]。通信社ルースカヤ・リーニヤロシア語版の共同編集者パーヴェル・ティコミロフによれば、数が絶えず増加している政治的な関心が強いウクライナ人にとってのロシア世界は、今日では「単に新しい名前によって覆われている『新ソビエト主義』」である。ティコミロフはこれを、ロシア社会それ自身内部のロシア世界およびソビエト連邦の融合と一致させた[18]

政治問題化[編集]

ロシア大統領ウラジミール・プーチンは2005年にシンタシュタ文化アルカイム遺跡を訪れ、主任考古学者のゲンナジー・ズダノヴィチ英語版と直接会った[19]。この訪問はロシアメディアからかなり注目された。メディアはアルカイムを「アジア、そして部分的には、ヨーロッパの現代人の多くの故郷」と紹介した。ナショナリストらはアルカイムを「ロシアの栄光の都市」や「最古のスラブ・アーリアの町」と呼んだ。伝えられるところによると、ズダノヴィチはアルカイムを「ロシアの国民思想」の可能性があるとプーチンに伝えた[20]。これは、ヴィクトル・シュニレルマン英語版が「ロシア思想」と呼ぶ文明の新思想である[21]

ロシア正教会とロシア世界[編集]

9世紀末の終わりに、キリスト教化前のロシアはビュザンティオンからギリシャ・東方形式のキリスト教を採用した[22]。2009年11月3日、第3回ロシア世界集会において、モスクワ総主教キリル1世はロシア世界を「東方正教会、ロシア文化、そして特に言語と共通の歴史的記憶という3つの柱で見出され、さらなる社会的発展に関する共通の理想像と結び付いている共通の文明空間」と定義した[23][24]

「ルースキー・ミール」は、ロシア正教会の指導部の多くによって振興されているイデオロギーである[25]。モスクワ総主教キリル1世もこのイデオロギーを共有している。ロシア正教会にとって、「ルースキー・ミール」は、「ルーシの洗礼英語版」を通して、神が「聖なるルーシ英語版」を築く目的のためにルーシ人をささげたことを思い出させる、「霊的な概念」でもある[26]

2019年1月31日、モスクワ総主教キリル1世は、ロシア正教会とウクライナとの間の宗教的関係についての懸念を表明した: 「ウクライナは我々の教会の辺境にあるのではない。我々はキエフを『全てのロシアの都市の母』と呼ぶ。我々にとってキエフは多くの人々にとってのエルサレム英語版である。ロシア正教はそこで始まった。したがってどのような状況の下においても我々はこの歴史的および精神的つながりを捨て去ることはできない。我々の教会の全体統一性はこれらの精神的連帯に基づいている。」[27][28]

出典[編集]

  1. ^ About”. russkiymir.ru. 2020年8月10日閲覧。
  2. ^ Taylor, Chloe (2020年4月2日). “Putin seeking to create new world order with 'rogue states' amid coronavirus crisis, report claims” (英語). CNBC. 2020年9月13日閲覧。
  3. ^ Götz, Elias; Merlen, Camille-Renaud (2019-03-15). “Russia and the question of world order”. European Politics and Society 20 (2): 133–153. doi:10.1080/23745118.2018.1545181. ISSN 2374-5118. 
  4. ^ a b c d Kudors, Andis (16 June 2010). “"Russian World"—Russia's Soft Power Approach to Compatriots Policy”. Russian Analytical Digest (Research Centre for East European Studies) 81 (10): 2–4. http://e-collection.library.ethz.ch/eserv/eth:2215/eth-2215-01.pdf 2013年9月1日閲覧。. 
  5. ^ Valery Tishkov, The Russian World—Changing Meanings and Strategies, Carnegie Papers, Number 95 , August 2008
  6. ^ Tiido, Anna, The «Russian World»: the blurred notion of protecting Russians abroad In: Polski Przegląd Stosunków Międzynarodowych, Warszaw, Uniwersytet Kardynała S. Wyszyńskiego, 2015, issue 5, pp. 131—151, ISSN 2300-1437 (英語)
  7. ^ “Приложение 2.
    Похвала свт. Клименту из «Чуда об отрочати»
    (древнерусский оригинал и русский перевод)”
    . Patrologia slavica. 2. (2013). pp. 197. https://azbyka.ru/otechnik/books/file/23189-%D0%A1%D0%BB%D0%BE%D0%B2%D0%BE-%D0%BD%D0%B0-%D0%BE%D0%B1%D0%BD%D0%BE%D0%B2%D0%BB%D0%B5%D0%BD%D0%B8%D0%B5-%D0%94%D0%B5%D1%81%D1%8F%D1%82%D0%B8%D0%BD%D0%BD%D0%BE%D0%B9-%D1%86%D0%B5%D1%80%D0%BA%D0%B2%D0%B8-%D0%B8%D0%BB%D0%B8-%D0%BA-%D0%B8%D1%81%D1%82%D0%BE%D1%80%D0%B8%D0%B8-%D0%BF%D0%BE%D1%87%D0%B8%D1%82%D0%B0%D0%BD%D0%B8%D1%8F-%D1%81%D0%B2%D1%8F%D1%82%D0%B8%D1%82%D0%B5%D0%BB%D1%8F-%D0%9A%D0%BB%D0%B8%D0%BC%D0%B5%D0%BD%D1%82%D0%B0-%D0%A0%D0%B8%D0%BC%D1%81%D0%BA%D0%BE%D0%B3%D0%BE-%D0%B2-%D0%94%D1%80%D0%B5%D0%B2%D0%BD%D0%B5%D0%B9-%D0%A0%D1%83%D1%81%D0%B8.pdf
     
  8. ^ Laruelle, Marlene (2015年5月). “The "Russian World:" Russia's Soft Power and Geopolitical Imagination”. Center on Global Interests. p. 3. 2019年1月19日閲覧。
  9. ^ Tschizewskij, Dmitrij (1961). Zwischen Ost und West - Russische Geistesgeschichte II. Germany: Rowohlt Verlag. pp. 156, 157 
  10. ^ Nikonov, Vyacheslav (2008年4月22日). インタビュアー:Valeriya Sychyova. “Влиять по-русски” (ロシア語). Itogi (17). http://www.itogi.ru/russia/2008/17/6364.html 2019年6月25日閲覧。 
  11. ^ Shchedrovitsky, Pyotr (2000年3月2日). “Русский мир и Транснациональное русское” (ロシア語). Russian Journal. 2019年5月21日閲覧。
  12. ^ "Русский мир", бессмысленный и беспощадный” (ロシア語). svoboda.org. Radio Free Europe/Radio Liberty (2015年2月18日). 2019年5月21日閲覧。
  13. ^ Nirenburg, Alex (2015年8月21日). “"פוטין מהלך אימים עם תפיסת "העולם הרוסי” [Putin threatens with the concept of "Russian world"] (ヘブライ語). nrg.co.il. 2015年12月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月10日閲覧。
  14. ^ Екс-радник Путіна назвав країни, на які Росія може напасти після України” (ウクライナ語). Obozrevatel (2014年12月25日). 2019年5月21日閲覧。
  15. ^ Dolinsky, Alexei (2011年3月2日). “How to Strengthen Soft Power?”. russkiymir.ru. Russkiy Mir Foundation. 2012年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年12月20日閲覧。
  16. ^ Zharenov, Yaroslav (2018年1月9日). “"Русский мир" в Украине отступает, но есть серьезные угрозы” ['Russian world' retreats in Ukraine, however there are serious threats] (ロシア語). apostrophe.ua. 2019年5月21日閲覧。
  17. ^ Путин надеется на возвращение Украины в так называемый "русский мир" - Полторак” [Poltorak: Putin hopes to return Ukraine into the so-called 'Russian world'] (ロシア語). nv.ua (2018年4月5日). 2019年5月21日閲覧。
  18. ^ Goble, Paul (2018年9月10日). “Claims That Many Ukrainians 'Will Never Attend A Moscow Patriarchate Church' – OpEd”. Eurasia Review. 2019年6月20日閲覧。
  19. ^ Shnirelman 2012, pp. 27–28.
  20. ^ Shnirelman 2012, p. 28.
  21. ^ Shnirelman 1998, p. 36.
  22. ^ Herberstein, Siegmund Frhr von. (1975). Moskowia.. Kiepenheuer. pp. 5. OCLC 251498793 
  23. ^ Rap, Myroslava (2015-06-24). “Chapter I. Religious context of Ukrainian society today – the background to research” (英語). The Public Role of the Church in Contemporary Ukrainian Society: The Contribution of the Ukrainian Greek-Catholic Church to Peace and Reconciliation. Nomos Verlag. pp. 85. ISBN 978-3-8452-6305-2. https://books.google.com/books?id=lF14DwAAQBAJ&q=November+3%2C+2009+Patriarch+Kirill+of+Moscow+russian+world&pg=PA85 
  24. ^ Выступление Святейшего Патриарха Кирилла на торжественном открытии III Ассамблеи Русского мира / Патриарх / Патриархия.ru” [Speech by His Holiness Patriarch Kirill at the grand opening of the Third Russian World Assembly] (ロシア語). Патриархия.ru. 2019年12月30日閲覧。
  25. ^ Payne 2015; Wawrzonek, Bekus & Korzeniewska-Wisznewska 2016.
  26. ^ Petro, Nicolai N. (2015年3月23日). “Russia's Orthodox Soft Power” (英語). www.carnegiecouncil.org. 2018年12月6日閲覧。
  27. ^ Russian patriarch likens Kiev for Russian Orthodoxy to Jerusalem for global Christianity” (英語). TASS (2019年1月31日). 2019年2月2日閲覧。
  28. ^ Слово Святейшего Патриарха Кирилла на встрече с делегациями Поместных Православных Церквей 31 января 2019 года | Русская Православная Церковь” (ロシア語). mospat.ru (2019年1月31日). 2019年2月2日閲覧。

参考文献[編集]

推薦文献[編集]

関連項目[編集]