ルンツェ県 (ブータン)

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座標: 北緯27度40分 東経91度0分 / 北緯27.667度 東経91.000度 / 27.667; 91.000

ルンツェ県の位置

ルンツェ県ゾンカ語:ལྷུན་རྩེ་རྫོང་ཁག་/ワイリー方式:Lhun-rtse rdzong-khag)はブータン東部の県。 県都はルンツェ英語版2013年の人口は1万7200人。 ブータンで最も開発の遅れている県の1つ。 道路は少なく、最初のガソリンスタンドは2005年9月に開業し、電力供給も不十分で、複雑な地形の為に社会福祉が行き渡っていない。 気候は良好だが、インフラの遅れの為に農業が発展していない [1]

文化[編集]

ルンツェは文化的にはブータン東部に属する。 言語や生活習慣が西部の多数派のンガロプ人英語版と比較される。

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東ブータン人は他の地方のブータン人に比べて酒の消費量が多い。 ブータン伝統酒のアラ英語版玉蜀黍発酵蒸留する [2]。 アラ製造は手法・品質共に確立されておらず、深刻な暴動が起きてからは販売が禁止されている。 しかしアラは他の玉蜀黍製品よりも利益が大きいので、農家は法律改正を求めている [3]。 政府は酒消費量の増加に伴う虐待や病気の増加を懸念しており、課税や規制を通して制御している [4] [5]。 政府はルンツェ県のアラ製造・消費を徐々に減らし、最終的には無くそうと考えている。 アラ製造はブータンの特に地方レベルで重大な問題である [6]。 しかしアラは宗教・医療行為に文化的に近い [7] [8]2011年、政府は酒制御規制を施行し、酒にかかる税金が3倍になった。 その結果、酒の価格は上がり売上は下がった [9] [10]

言語[編集]

ルンツェ県では多くの言語が話されている。 東部では東チベット諸語英語版ザラ語が話される。 南部ではゾンカ語に似たチョチャガチャ語が話される。 クルト地方として知られる北部~西部では、東チベット諸語のクルテプ語が話される。 この地方が織物産業が盛んで、現在の王家のワンチュク王家英語版の故郷でもある [11] [12]

行政区画[編集]

ルンツェ県は8つの村に分かれる [13]

地理[編集]

ルンツェ県の殆どは自然保護区である。 北部のガングズル村・コマ村・クルトエ村の一部はワンチュク百年国立公園英語版に含まれる。 南部のガングズル村・ジャライ村・メトゥショ村の一部はトゥルムシング峠国立公園英語版に含まれる。 東部のコマ村とミンジャイ村の一部はブムデリング鳥獣保護区英語版に含まれる。 これらの3つの公園は緑の回廊で繋がっている [14]

写真[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Lhuentse Dzongkhag: Ninth Plan (2002-2007) (PDF)”. Government of Bhutan. 2004年10月22日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2005年11月28日閲覧。
  2. ^ Mowe, Sam (2011年6月2日). “Making Moonshine: How to Make Bhutanese Rice Wine”. Tricycle online. 2011年7月27日閲覧。
  3. ^ Wangdi, Tempa (2011年1月27日). “Ara Production and Sale Should Be Legalized, Farmers Say”. Bhutan Observer online. 2011年2月7日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年7月27日閲覧。
  4. ^ Namgyal, Gyembo (2011年3月15日). “Reduce Alcohol Abuse, Lyonchhen Urges Local Leaders”. Bhutan Observer online. 2012年4月3日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年7月27日閲覧。
  5. ^ Namgyal, Gyembo (2011年7月18日). “Alcohol Price Hike Doesn't Quite Discourage Drinking”. Bhutan Observer online. 2011年7月26日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年7月27日閲覧。
  6. ^ Wangchuck, Jigme (2011年9月5日). “Ara Faces Banishment in Lhuentse”. Bhutan Observer online. 2011年9月7日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年9月8日閲覧。
  7. ^ Namgyal, Gyembo (2010年1月19日). “It is Lhasoel Time in the East”. Bhutan Observer online. 2011年1月20日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年7月27日閲覧。
  8. ^ Dema, Tashi (2007年6月4日). “Trongsa: Slithering with Snakes”. Kuensel online. 2011年7月27日閲覧。
  9. ^ Wangchuck, Jigme (2011年5月10日). “Regulation and Duty Hit Bars”. Bhutan Observer online. 2011年7月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年7月14日閲覧。
  10. ^ Lhadon, Pema (2011年7月13日). “Drinking Habit Peaks at the Peak of Learning?”. Bhutan Observer online. 2011年7月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年7月14日閲覧。
  11. ^ van Driem, George L. (1993年). “Language Policy in Bhutan (PDF)”. London: SOAS. 2011年1月18日閲覧。
  12. ^ Peabody Essex Museum (1994). Diana K. Myers, Susan S. Bean. ed. From the land of the thunder dragon: textile arts of Bhutan. Serindia Publications. pp. 110, 176. 
  13. ^ Chiwogs in Lhuentse (PDF)”. Election Commission, Government of Bhutan (2011年). 2011年7月28日閲覧。
  14. ^ Parks of Bhutan”. Bhutan Trust Fund for Environmental Conservation online. Bhutan Trust Fund. 2011年7月2日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年3月26日閲覧。

外部リンク[編集]