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マイケル・ミュケイジー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マイケル・B・ミュケイジー
Michael Bernard Mukasey
生年月日 (1941-07-28) 1941年7月28日(85歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク
ブロンクス区[1]
出身校 コロンビア大学
イェール・ロー・スクール
現職 法律家
所属政党 共和党
配偶者 スーザン・ミュケイジー
子女 2人
宗教 現代正統派ユダヤ教
在任期間 2007年11月9日 - 2009年1月20日
大統領 ジョージ・W・ブッシュ
ニューヨーク州の旗 ニューヨーク州
南地区連邦主席判事
在任期間 2000年3月12日 - 2006年8月1日
州知事 ジョージ・パタキ
ニューヨーク州の旗 ニューヨーク州
南地区連邦地方判事
在任期間 1987年11月9日 - 2006年9月9日
州知事 マリオ・クオモ
ジョージ・パタキ
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マイケル・バーナード・ミュケイジー(英語:Michael Bernard Mukasey[2]IPA: /mju.ˈkeɪ.zi/[3]1941年7月28日[4] - )は、アメリカ合衆国の政治家、法律家。ジョージ・W・ブッシュ政権で第81代司法長官を務めた。

個人背景

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生い立ちと家族

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1941年7月28日にニューヨーク州ニューヨークブロンクス区で誕生した[5]。父親はロシア帝国バラナヴィチ(現在はベラルーシ領)近郊で東欧系ユダヤ人の家庭に誕生し、1921年にアメリカへ移住した[6][7]

ミュケイジーは1959年マンハッタン現代正統派ユダヤ教学校ラマズ・スクールを卒業した。妻のスーザンは後に同校の教員を経て中等部の校長になった。夫妻は子供を2人[8]もうけ、ともにラマズ・スクールへ進学した[9]

初期の経歴

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ミュケイジーはコロンビア大学に進学し、1963年文学士号を取得した[5]。ミュケイジーはコロンビア大学において、学生新聞「コロンビア・デイリー・スペクテイター」の論説編集を担当した[10]。ミュケイジーはイェール大学イェール・ロー・スクールへ進み、1967年に法学修士号を取得した[5]。その後ミュケイジーは、ニューヨーク市内で弁護士業を開業した[5]

1972年にミュケイジーはニューヨーク州南地区担当の連邦検事補に就任した[5]。ミュケイジーは連邦検察庁において、ルドルフ・ジュリアーニとともに勤務した。1976年にミュケイジーはニューヨークの法律事務所「パターソン・ベルナップ・ウェブ&タイラー」に入り、1987年まで勤めた。ミュケイジーは1993年からコロンビア大学法科大学院において春期の講師に就任した[11]

ルドルフ・ジュリアーニとの関係

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マイケル・ミュケイジーは、ルドルフ・ジュリアーニととても親しい関係を構築した。ミュケイジーとジュリアーニは1970年代初めに連邦検察庁で知り合った。ミュケイジーの継息子マーク・L・ミュケイジー[12]は、ルドルフ・ジュリアーニが経営するニューヨーク州の法律事務所「ブレイス・アンド・ジュリアーニ」に勤務し、知能犯罪の案件主任を務めた[13]。ミュケイジーは1994年1998年ニューヨーク市長選挙で勝利を収めたジュリアーニの就任宣誓を担当した[14]2008年にミュケイジーはマークとともに2008年アメリカ合衆国大統領選挙でジュリアーニを支持し、司法顧問を務めた[14]

司法職

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1987年にミュケイジーはアメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンからニューヨーク州南地区の連邦地方判事に任命された。ミュケイジーは1988年に着任し、以降18年間に渡って判事を務めた。ミュケイジーは2000年3月に首席判事に昇格し[15]、最終的に2006年7月まで務めた[16]

ミュケイジーは世界貿易センター爆破事件に関与したオマル・アブデル・ラフマンとエル・サイード・ノサイルについて刑事訴追を担当した。ミュケイジーは調査により、彼らが国際連合本部ビルをはじめとするマンハッタンのランドマークを爆破する計画を立てていたことを明らかにした[17]。ミュケイジーはまた被告人に対する不信感を陪審員に植え付けようとするために捜査当局が陪審員に情報を横流ししているとも指摘した[18]

2004年には放射能攻撃を計画したとして逮捕されたホセ・パディーヤの審問を行った。ミュケイジーはパティーヤについて、敵国のテロリストとして拘留することは可能であるが、アメリカ市民として弁護士に接見する権利は有しているとの裁定を行った。ミュケイジーはさらに、アメリカ同時多発テロ事件による世界貿易センタービル崩壊で発生した不動産開発業者のラリー・シルバースタインといくつかの保険会社との間の訴訟について判事を務めた[17]2003年にはアメリカ映画協会が独立の映画制作会社に対して不当に圧力をかけた問題について担当し、協会による独立会社フィルムの流通妨害を禁止する仮差止命令を下した。

2003年6月に民主党のチャールズ・シューマー連邦上院議員はアメリカ合衆国最高裁判所判事の候補者の1人としてミュケイジーの名を挙げた[19]

ちなみに

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ミュケイジーは18年間に渡ってニューヨーク州南地区の連邦地裁判事を務め、最後の6年間は首席判事を務めた。ミュケイジーはユダヤ系として2人目のアメリカ合衆国司法長官となった[20]

メディアなどでは、ムケイジームケージーと表記されることもある。

参考文献

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  1. Mukasey, Michael B”. Judges of the United States Courts. Federal Judicial Center. 2007年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年9月17日閲覧。
  2. Shenon, Philip; Weiser, Benjamin (2007年9月18日). “A Washington Outsider With Many Sides”. New York Times. (英語)
  3. See inogolo:pronunciation of Michael Mukasey. (英語)
  4. Leinwand, Donna; Johnson, Kevin. “Mukasey is outsider with inside track”. USA Today. 2007年9月17日閲覧. (英語)
  5. 1 2 3 4 5 Judges of the United States Courts (2007年11月4日). 2007年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年5月17日閲覧。 (英語)
  6. Spasiuk, Elena (2007年9月20日). Министром юстиции США может стать человек с белорусскими корнями ”. Belorusskie Novosti. 2008年5月17日閲覧。 (ロシア語)
  7. Sergeichik, Dmitrii (2007年9月27日). В Бресте нашли дальнего родственника будущего генпрокурора США ”. Belorusskie Novosti. 2008年5月17日閲覧。 (ロシア語)
  8. マーク (Marc) とジェシカ (Jessica)。Leinwand, Donna (2007年10月14日). “Mukasey hearings might not draw big fight”. USA Today. (英語)
  9. Mukasey's Pedigree”. The Wall Street Journal (2007年9月17日). 2008年5月17日閲覧。 (英語)
  10. Heller, Jamie (2007年9月17日). Mukasey as College Journalist”. The Wall Street Journal. 2008年5月17日閲覧。 (英語)
  11. Mukasey: Attorney General Nominee and Columbia Law School Professor”. Columbia Law School (2007年10月17日). 2008年5月17日閲覧。 (英語)
  12. Barrett, Wayne (2007年10月30日). 'No Skeletons in My Closet!'. The Village Voice. (英語)
  13. Marc L. Mukasey”. Bracewell & Giuliani. 2007年12月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年5月17日閲覧。 (英語)
  14. 1 2 Barrett, Devlin (2007年9月16日). Mukasey Has Long Terror Resume”. Associated Press. The Washington Post. 2008年5月17日閲覧。 (英語)
  15. “Judicial Milestones”. The Third Branch 32 (4). (April 2000). オリジナルの2007年10月24日時点におけるアーカイブ。. (英語)
  16. “Judicial Milestones”. The Third Branch 38 (9). (September 2006). オリジナルの2007年10月24日時点におけるアーカイブ。. (英語)
  17. 1 2 Goldstein, Joseph (2006年7月26日). “As Judge Leaves for Law Firm, His Influence Is Remembered”. The New York Sun. (英語)
  18. Judge Warns about Leaks in Bomb Case”. New York Times (1993年7月31日). 2008年5月17日閲覧。 (英語)
  19. “Letter to President George W. Bush” (Press release). Senator Charles E. Schumer. 2003年6月10日. (英語)
  20. “Orthodox Jew tapped to replace Gonzalez”. JTA. 2007年9月17日. 2007年11月11日時点のオリジナルよりアーカイブ. (英語) 最初のユダヤ系司法長官はエドワード・レヴィである。

外部リンク

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司法職
先代
ピーター・キースラー
代理
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国司法長官
第81代:2007年11月9日 - 2009年1月20日
次代
マーク・フィリップ
代理