ジョージ・パタキ

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ジョージ・パタキ

ジョージ・エルマー・パタキGeorge Elmer Pataki, 1945年6月24日 - )は、アメリカ合衆国の政治家、元ニューヨーク州知事1995年 - 2007年)。所属政党は共和党ハンガリー系アイルランド系イタリア系を祖先に持つ。妻エリザベス・パタキとの間に、4人の子供をもうけた。

ジョージ・パタキは、ニューヨーク州ピークスキル市に生まれた。1967年イェール大学を卒業、1970年にはコロンビア大学ロー・スクールを卒業した。知事に選出される以前、10年間、ニューヨーク州の行政に携わり、1981年から1984年の間ピークスキル市長を務めた。ニューヨーク州知事初当選は1994年、共和党とニューヨーク・フリーダム党ニューヨーク州保守党の支持を受け民主党現職マリオ・クオモを破り当選した。その時の副知事候補はベッツィ・マコイ・ロスだったが、パタキの事務所で議論を呼んだ。1998年メアリー・ドナヒュを副知事として、民主党候補ピーター・ヴァローネ33%に対し、54%の支持を受けて再選した。2002年、アフリカ系の民主党候補カール・マッコール(33%支持)、無所属候補トーマス・ゴリサノ(14%支持)に対し、49%の支持を受けて再選した。2005年7月27日、2006年のニューヨーク州知事選挙への不出馬を表明した。当初2008年の大統領選挙に向けた運動を開始すると見られたが、当選可能性が低く断念し、2007年9月より国連総会でアメリカ代表を務める[1]

2015年5月28日、2016年アメリカ合衆国大統領選挙への出馬を表明[2]。同年12月29日、共和党の候補者指名争いから撤退することを発表した[3]

業績[編集]

ニューヨーク州知事時代には産業振興に力を入れ、オールバニナノテクノロジーの一大研究開発拠点であるテック バレーを設立した[4]ニューヨーク州立大学オールバニ校を中心にナノテクノロジーの研究に特化した研究機関であるCollege of Nanoscale Science and Engineering (CNSE)が設立され、数々のベンチャー企業が設立され、東京エレクトロン等、各国の企業が研究開発拠点を構える[5][6]。彼のナノテクノロジー振興政策は後任の民主党知事に交代後も踏襲され、地域振興の成功例としてビジネススクールでのケーススタディーとしても用いられる。

脚注[編集]

先代:
マリオ・クオモ
ニューヨーク州知事
1995年 - 2007年
次代:
エリオット・スピッツァー