ベラヴィア

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Belavia Belarusian Airlines
Белавія
IATA
B2
ICAO
BRU
コールサイン
BELAVIA
設立 1996年
ハブ空港 ミンスク国際空港
保有機材数 12機
就航地 22都市
親会社 ベラルーシ政府
本拠地 ベラルーシ共和国ミンスク
代表者 Anatoliy Nikolaevich Gusarov (局長)
外部リンク http://www.belavia.by/index_en.htm
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ベラヴィアベラルーシ語:Белавія英語:Belavia Belarusian Airlines)はベラルーシの国立航空会社。同国のフラッグ・キャリアでありヨーロッパCISの主要都市とベラルーシをむすんでいる。ハブ空港はミンスク国際空港。なお運航路線はすべて国際線で国内線は運航していない。

歴史[編集]

ベラヴィアの前身となるベラルーシの民間航空グループは1933年に初めてミンスクにエアターミナルが建設されモスクワとの間に航空路線が開設されたことに伴い、1940年に発足した。1964年にはツポレフTu-124がベラルーシ籍を取得し、1973年にツポレフTu-134、1983年にツポレフTu-154が就航した。しかし1985年2月に、ミンスク郊外でツポレフTu-134が墜落し一人が死亡するという事件が発生した。これは出発前にエンジンに付着した氷を除去しなかったために飛行中にエンジンに多大な負担がかかったためである。

1996年、アエロフロート・ロシア航空ベラルーシ支局が国営化されたことをうけてベラルーシ政府が発表した「ベラルーシ共和国内の航空輸送の再建について」という声明に従いベラヴィアとして正式に発足し、1998年までにはミンスクから北京イスタンブールラルナカロンドンプラハローマとの間に航空路を開設した。1998年にベラヴィアはミンスカヴィアと合併することによっていままでのツポレフに加えてアントノフヤコヴレフの機材も加えている。

2001年5月にはミンスク⇔パリ線に就航し、2003年にはHorizonsという機内誌英語ロシア語ベラルーシ語で創刊した。同年10月にはボーイング737のリース協定に調印し、翌年にはもう一機のボーイング737をさらにリースしドイツハノーファーに就航した。2008年にはシャノン空港ミンスクを結ぶ路線を再開している。現在は1000人以上の従業員を抱える。

就航都市[編集]

ベラヴィア航空ボーイング737型機

東欧

北欧

西欧

アジア

保有機材[編集]

事件と事故[編集]

  • 2003年1月5日プラハに向かっていたヤコヴレフYak-40型機チェコ領空を飛行中、突然コックピットのフロントガラスが粉々に砕け散った。これに対しチェコ空軍機2機が同機をプラハのルズィニエ国際空港まで誘導し、無事着陸することに成功した。
  • 2008年2月14日アルメニアエレバンからミンスクに向かおうとしていたベラヴィア1834便がズヴァルトノッツ国際空港を離陸中に左翼が滑走路に接触しそのまま転覆、上下さかさまの状態で滑走路脇に停止した。乗員乗客21名は迅速な消防の対応も功を奏し航空機が炎上する前に脱出に成功している。この原因について詳しいことはわかっておらず現在もなお調査中である。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]