フランク・ホーンビィ

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フランク・ホーンビィ
Frank Hornby
生誕 (1863-05-15) 1863年5月15日
イギリスの旗 イギリス リヴァプールCopperas Hill
死没 (1936-09-21) 1936年9月21日(73歳没)
マグハル
国籍 イギリスの旗 イギリス
職業 実業家技術者政治家
配偶者 クララ・ウォーカー
子供 パトリシア・ホーンビー、 ローランド・ホーンビー、 ダグラス・ホーンビー
ジョン・オズワルド・ホーンビー、 マーサ・トムリンソン
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フランク・ホーンビィ(Frank Hornby 1863年5月15日 - 1936年9月21日)は、イギリスのリヴァプール出身の技術者・事業家、政治家。メカノホーンビィの創業者。世界中に組み立て式金属玩具であるメカノを普及させた功労者。

来歴[編集]

1863年5月15日にリヴァプールCopperas Hillで生まれた。幼少時より、発明の才を発揮し、1901年1月9日に後にメカノとなる'Mechanics Made Easy'の特許を取得して同年メカノ社を設立した。第一次世界大戦後にはゼンマイ仕掛けの鉄道模型を発売した[1]。1920年に最初の機関車を組み立てキットとして発売、1925年以降は全てのホーンビィの製品は組み立て済みで販売された[1]。これらの当時の製品は現在ではコレクターの収集の対象となっている。

同社は1920年から1930年代にかけてイギリス最大の玩具メーカーに成長した。同時期イギリスだけでなく、アルゼンチン、フランス、ドイツ、アメリカ、スペインでも製造した[1]。1934年には縮尺1/43.5のミニカーのディンキーの製造に参入した。

1931年イギリス総選挙保守党から出馬して当選して1935年まで務めた。1936年9月21日に死去した[1]。ホーンビィ社は1963年の時点で工場勤務で2000人を雇用(その中で8割は女性)してさらに事務関係で300から400人を雇用していた[1]。業績が悪化して1964年にラインズ・ブラザーズ(Lines Brothers)に買収され、1970年にはエアフィックスの傘下に入った。1979年にBinns Roadの工場を閉鎖した[1]。メカノの製造はフランスのCalaisで継続され、Meccano SAは2000年5月に日本のニッコーに買収された[2]

2013年にはリヴァプールで生誕150周年が祝われた[1]

脚注[編集]

文献[編集]

外部リンク[編集]