ピザは野菜

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アメリカ合衆国ではピザに大さじ2杯(30ml)のトマトペーストを加えた食品は野菜として認定される。

ピザは野菜」(ピザはやさい、Pizza as a vegetable)とは、2011年にアメリカ合衆国農務省(USDA)が提出した法案に端を発する論争[1]であり、アメリカ政府の姿勢を批判する風刺表現である[2]ジャンクフードを多量に摂取することで子供の肥満化が進んでいることを危惧したミシェル・オバマは、公立学校[3]の学校給食改善を目的として2010年にオバマ政権で『健康で飢えの無い子供法英語版』を成立させ、健康志向推奨の動きを加速させたが、こうした動きに抵抗したジャンクフード提供業者などがロビー活動を展開し、レーガン政権時代の「ケチャップは野菜」論争を持ちだして、「トマトペーストをふんだんに使用したピザ野菜である」という主張を展開した[4]

背景[編集]

19世紀後半ごろより、ボストンフィラデルフィアなどを中心に、ボランティア慈善団体の支援を受けた児童の食糧事情改善を目的とした活動が広がりを見せていた[5]。しかしながら世界恐慌などの影響もあり、ボランティアの支援だけでは限界を迎えるようになり、1932年ごろよりこうした活動に中央政府が資金提供を行うようになったことで、学校給食プログラム英語版として低所得世代の学生に無料または低価格での食料支援がなされるようになった[5]

戦後の1946年に学校給食法英語版が成立すると、児童の栄養不良改善を目的とした取り組みが始まったが、次第に形骸化していき、1960年代に改めて見直しが行われ、1966年児童栄養法英語版が成立した[6][7]。しかしながら、小さな政府を標榜したレーガン政権時代に入ると状況は一変し、学校給食プログラムは予算削減が行われ、民営化が進められた[8]。1981年に可決された包括的予算調整法(The Omnibus Reconciliation Act of 1981)によって策定されたガイドラインでは、特定の食品について代替品の使用を認められるようになり、その中でトマトペースト大さじ1杯を1/4カップのトマトジュースとしてカウントすることが可能であると盛り込まれた[9][注釈 1]。この結果、大手食品企業がピザやハンバーガー清涼飲料水などを廉価で提供するようになり、学校給食は栄養価ではなくコストが重要視されたため、児童の肥満率が急増した[8][12]。こうした政府の対応についてニューズウィーク誌ケチャップのボトルに「今や野菜となった」とキャプションし、その内容を批判した[13]

5人に1人の児童が肥満[14]となった事態に危機感を持ったミシェル・オバマはこの問題の解決に取り組み、2010年に『健康で飢えの無い子供法英語版』を成立させ、学校給食メニューに規制を行い、野菜やフルーツなど、健康を考慮した食品の導入を推進した[15]。この規制により、「ジャガイモなどのでんぷん質の野菜について提供量を制限すること」「トマトペーストを野菜とみなす基準を大さじ2杯から半カップに引き上げること」「トマトペーストを濃縮前の量に換算してのカウントを廃止すること」が示された[9][16]

しかし、年間30億ドルという学校給食に広いシェアを持っていた冷凍ピザを手掛けるコナグラ・ブランズシュワンズ・フード英語版、フライメーカーのマケイン・フーズ英語版といった食品会社はこうした動きに反発し、およそ600万ドルをかけて議会への働きかけを行い、2011年、栄養ガイドラインの変更を禁止する法案を可決させた[17][18]。これに伴い、現行ガイドラインの基準は堅持され、大さじ2杯のトマトペーストを塗布したピザは引き続き「野菜」として分類されることとなり、一連の対応をロイター誌は「議会がピザの野菜としての地位を保護した」と嘲笑を持って伝え、ピザを野菜と分類する政府に対し批判の声が巻き起こった[1][15]

2020年のトランプ政権時にも、学校給食のメニューに対する規制緩和が取り沙汰されるなど、児童の健康上の観点から意見する者と経済的な観点から意見する者との対立が続いている[12][注釈 2]

反応[編集]

AFFI英語版のコーリー・ヘンリーはこの決定に対し、「これは重要な勝利だ」と語っている[19]。こうした食品業界と政府の取り組みについて多くの批判が挙がっており、コロラド州民主党ジャレッド・ポリスは、「ピザはピザだ。野菜ではない」とし、政府が学校給食を通じて児童に不健康な食事を提供していることを批判した[1]カリフォルニア州民主党サム・ファーは法案の可決は支持したものの「農務省による規制への介入は誤りであり、行うべきでない」とした[1]公益科学センター英語版のマーゴ・ウータンは「学校でピザやフライドポテトが増えるのは児童にとっては良くないが、製造する企業にとっては良いことだ」と皮肉を持って伝えた[1]退役軍人で構成される団体「Mission: Readiness」のエイミー・ドーソン・タガートは、「学校給食プログラムにおいて、ピザを事実上野菜に分類する文言を議会が真剣に検討していること自体に憤りを感じている」と述べた[4]。しかしながら、ワシントン・ポストはこうした論調に行き過ぎがあるとして「議会はピザを野菜とは宣言していない」とするコラムを掲載し、法案内にピザや野菜といった単語は記載されていないと主張した[16]

また、このニュースはアメリカ国外にも報道機関を通して広く伝えられ、作家の乙武洋匡はSNS上で「利権というのは、こんなコメディのような状況を生み出すものなのか」として驚きを伝えた[20]。その他、「トマトは果物なのだから、トマトソース由来の食品はすべからく果物として扱うべきだ」とするような言説など、様々な主張も誕生した[21]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ その他の代替食品としては、ピーナッツをはじめとしたナッツ類、それを原料としたピーナッツバターなどのバター類ヨーグルト豆腐などはの代替品、パスタクラッカーシリアル食品ロールケーキプレッツェルオートミールパンの代替品としてカウントされることが明記された[10][11]
  2. ^ 2020年1月17日、味よりも影響を重視した学校給食が子供たちに受け入れられておらず、食品ロスの問題が発生していることを挙げ、ジャガイモ由来の料理を野菜に分類するよう求めるなどの見直し案が提出された[12]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e Baertlein, Lisa (2011年11月18日). “House protects pizza as a vegetable”. Reuters. 2020年11月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月23日閲覧。
  2. ^ Pizza is a Vegetable”. Know Your Meme. 2023年7月24日閲覧。
  3. ^ Pizza still a vegetable for U.S. schools”. www.cbc.ca. CBC News (2011年11月18日). 2023年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月25日閲覧。
  4. ^ a b Wartman, Kristin (November 18, 2011), “Pizza is a Vegetable? Congress Defies Logic, Betrays Our Children”, The Huffington Post, オリジナルのNovember 20, 2011時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20111120030202/http://www.huffingtonpost.com/kristin-wartman/pizza-is-a-vegetable_b_1101433.html 2011年11月18日閲覧。 
  5. ^ a b Hinrichs, Peter (2010). “The Effects of the National School Lunch Program on Education and Health”. Journal of Policy Analysis and Management 29 (3): 479–505. doi:10.1002/pam.20506. PMID 20722187. 
  6. ^ National School Lunch Program « Food Research & Action Center”. frac.org. 2023年7月23日閲覧。
  7. ^ Gunderson, Gordon W. (2012年2月2日). “The National School Lunch Program Background and Development”. United States Department of Agriculture Food and Nutrition Service. 2013年8月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月23日閲覧。
  8. ^ a b EMELYN RUDE (2016年9月19日). “An Abbreviated History of School Lunch in America”. TIME. 2023年7月24日閲覧。
  9. ^ a b Marion Nestle (2011年11月15日). “Ketchup is a vegetable? Again?”. foodpolitics.com. 2023年7月25日閲覧。
  10. ^ H.R.3982 - Omnibus Budget Reconciliation Act of 1981”. congress.gov. 2023年7月26日閲覧。
  11. ^ (September 4, 1981), "National School Lunch, School Breakfast, and Child Care Food Programs; Meal Pattern Requirements", Federal Register 46 FR 44452, Food and Nutrition Service, US Department of Agriculture
  12. ^ a b c 猪瀬聖 (2020年1月23日). “学校給食にピザ、米で議論”. Yahoo!Japanニュース. Yahoo Japan. 2020年8月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月23日閲覧。
  13. ^ "Who Deserves a Break Today?". Newsweek. September 21, 1981: 43. Print.
  14. ^ Omer Awan (2023年1月28日). “成人の40%以上、米国で蔓延する肥満との戦い”. forbesjapan.com. Forbes. 2023年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月25日閲覧。
  15. ^ a b アメリカでは「ピザは野菜」、文化の違いを超越した衝撃”. 農天気. 2023年7月23日閲覧。
  16. ^ a b Sarah Kliff (2011年11月21日). “No, Congress did not declare pizza a vegetable”. washingtonpost.com. The Washington Post. 2023年7月24日閲覧。
  17. ^ Federal Register / Vol. 76, No. 9 / Thursday, January 13, 2011 / Proposed Rules p.2494 – Nutrition Standards in the National School Lunch and School Breakfast Programs”. 2011年11月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月24日閲覧。
  18. ^ Carol Benham (2012年1月1日). “How pizza became a vegetable”. lompocrecord.com. 2023年7月27日閲覧。
  19. ^ Pizza still a vegetable for U.S. schools”. CBC News. CBC (2011年11月18日). 2023年7月24日閲覧。
  20. ^ 日本の「カレーは飲み物」は冗談として使われているけど、こちらはガチ。利権というのは、こんなコメディのような状況を生み出すものなのか。”. Twitter (2014年7月4日). 2023年8月2日閲覧。
  21. ^ Ketchup is a fruit”. the ontarion (2015年12月10日). 2023年8月2日閲覧。