パブロ・プリジオーニ

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パブロ・プリジオーニ
Pablo Prigioni
Pablo Prigioni NYK 2013.jpg
ニューヨーク・ニックス時代のプリジオーニ
引退
ポジション(現役時) PG
身長(現役時) 193cm (6 ft 4 in)
体重(現役時) 88kg (194 lb)
シューズ ナイキ
基本情報
本名 Pablo Prigioni
愛称 El Maestro
ラテン文字 Pablo Prigioni
スペイン語 Pablo Prigioni
誕生日 (1977-07-17) 1977年7月17日(40歳)
アルゼンチンの旗 アルゼンチン
イタリアの旗 イタリア
出身地 コルドバ州の旗 コルドバ州リオテルセロ
出身 アルゼンチンの旗 ラマージョ
ドラフト  
選手経歴
1999-2001
2001-2003
2003-2009
2009-2011
2011-2012
2012-2015
2015
2015-2016
2016-2017
フエンラブラダ
アリカンテ
サスキ・バスコニア
レアル・マドリード・バロンセスト
サスキ・バスコニア
ニューヨーク・ニックス
ヒューストン・ロケッツ
ロサンゼルス・クリッパーズ
サスキ・バスコニア
指導者経歴
2017 サスキ・バスコニア
受賞歴
代表歴
キャップ アルゼンチンの旗 アルゼンチン 1999-2012

パブロ・プリジオーニPablo Prigioni1977年7月17日 - )は、アルゼンチンコルドバ州リオテルセロ出身の元バスケットボール選手。NBAニューヨーク・ニックスなどで活躍し、207年にリーガACBサスキ・バスコニアのヘッドコーチを務めた。ポジションはポイントガード

来歴[編集]

国内リーグで2シーズンプレーし、1998-99MIP賞を受賞。

1999年スペインへ渡り、リーガACBバロンセスト・フエンラブラダに入団。

2002年、LEBのルセントゥム・アリカンテへ移籍。リーガACB昇格の原動力となる。2002-03スティール王を受賞。

2003年より強豪サスキ・バスコニア(タウ・セラミカ)に所属。2004-05シーズンにはオールディフェンシブチームに選ばれる。

2006年にはコパ・デル・レイ優勝に貢献しMVPを獲得する。

2009年レアル・マドリード・バロンセストへと移籍。

2011年、サスキ・バスコニアに復帰。

2012年7月11日、NBAニューヨーク・ニックスと契約し、35歳にしてNBAデビュー。2015年2月19日、ヒューストン・ロケッツに移籍。更に7月19日にデンバー・ナゲッツに放出され、翌日解雇。7月21日にロサンゼルス・クリッパーズと契約した。

2016年7月13日、ヒューストン・ロケッツと2年契約を結んだ[1]が、シーズン開幕直前の10月24日に解雇[2]。12月4日にリーガACBサスキ・バスコニアと契約した[3]が、2017年1月9日、自身のtwitterで選手生活からの引退を表明した[4]

アルゼンチン代表[編集]

アルゼンチン代表として2003年のパンアメリカン競技大会とアメリカ選手権に出場し、アメリカ選手権では銀メダル獲得とともにアシスト王も受賞。

2006年世界選手権にも出場した。

2008年の北京オリンピックで銅メダルを獲得した。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]