ノート:宮沢賢治

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2016年9月時点の課題について[編集]

本稿の課題についてどのように修正すればいいか、当方なりに考えてみました。宜しければご意見などを賜れると幸いです。

1. ()がほとんど全角。これを全て半角に修正する必要がある。
2. 関連文献は出典として記載していない限りは削除してしまって構わないのではないか。
3. 出典の書き方を修正。ウェブページはアーカイヴがあったりなかったりするので、一律で取ったほうが後のことを考えると良いと思う。
4. エピソードはいきなり全部削除するのではなくて、出典があって経歴に絡められるものはその中で記す。
5. 西暦と和暦を両方書く必要はないので、どちらかで統一する。
基本西暦、初出は和暦も併記。
6. 年譜と経歴は分けて、年譜はシンプルに、経歴はエピソード交えて出典を付けある程度詳細に記す。
7. 関連項目は文章中で触れられている事物は除く。
8. 全体として出典を中心とした記載に変更し、その際に関連文献の内容などを使えばいいかと。

以上、よろしくお願い致します。--遡雨祈胡会話) 2016年9月4日 (日) 08:42 (UTC)

編集お疲れ様です。さて、上記で示された論点のうち、1と5についてはWikipedia:表記ガイドにてガイドラインが提示されています。すなわち、括弧については1バイト文字のみの文字列を囲む場合は半角です。2バイト文字を含む場合についてはまだ合意がない状態ですが、あえて1バイトにする必要はないかと考えます。また年号表記は「西暦が標準で、西暦(元号)も可」というのがガイドラインです。このガイドラインについては、太陰太陽暦時代の日本においての妥当性に意見があったりしますが、近代の事物についてはおおむね受け入れられていると考えてよいので、基本的に西暦で、同じ年の初出時だけ元号併記でよいと思います。また、6についてはWikipedia:スタイルマニュアル (人物伝)にあるとおりですのでこの方針でよいでしょう。--Unamu会話) 2016年9月4日 (日) 08:51 (UTC)
夏目漱石森鴎外などの記事を参考に構成を整えてみました。参考文献が入手できれば、もう少し整理できそうです。--Sazanamiya会話) 2016年9月5日 (月) 01:48 (UTC)
Unamuさんの意見に基づいて、少し自分の案を修正しました。ただ5番に関しては、初出で限定するか、年譜だけ記載するかで考えてもいいのではないかと個人的には思います。それからSazanamiyaさんへ、ここは記事「宮沢賢治」の改善を目的とした議論用ノートページです。と記載されている枠の一番下、出典検索を使えば多少資料は検索できるはずです。宜しければご利用ください。--遡雨祈胡会話) 2016年9月5日 (月) 16:01 (UTC)
もう少し補足させてください。宮沢賢治の生涯そのものに対する研究は、文中でも触れられていますが堀尾青史がかなりアドバンテージを持っているようですので、彼の著作について調べてみてもいいかもしれませんね。--遡雨祈胡会話) 2016年9月5日 (月) 22:39 (UTC)
それから関連項目についてですが、以下のようなものを作ってみましたので、ご意見をお聞かせください。今回は作品だけに絞りましたが、人物なども増やした方が宜しいでしょうか。個人的にはあんまり縦に長いテンプレートよりは分けた方がいいとは思うのですが……
--遡雨祈胡会話) 2016年9月8日 (木) 12:52 (UTC)
  • テンプレートへのコメントなのですが、とりあえずイーハトーブを追加する必要があると思います。また、家族や本人の記念館、代表作の有名な翻案(映画)について記事がたっている場合はそれを関連項目に入れるのもいいと思います。--さえぼー会話) 2016年9月8日 (木) 13:42 (UTC)
ひとまずさえぼーさんのご指摘を受けて修正してみました。色は見づらければ撤去します。

--遡雨祈胡会話) 2016年9月8日 (木) 15:34 (UTC)

一部修正しました。--遡雨祈胡会話) 2016年9月8日 (木) 19:49 (UTC)
テンプレート作成ありがとうございます。色は淡いほうが見やすいと思いました。--Sazanamiya会話) 2016年9月9日 (金) 10:13 (UTC)
投稿しました。Template:宮沢賢治。一応当ページにも貼っておきますね。

(インデント戻します)作成ご苦労様です。いくつか手直ししてみましたが、作品ページなどに貼ると「Category:宮沢賢治」がそのページに付加されてしまいます。これはなぜでしょうか。たとえば「Template:川端康成の作品」ではそのようなことは起きていません。何かカテゴリの記述に問題があるように思うのですがわかる方はいらっしゃいませんか。--Unamu会話) 2016年9月11日 (日) 01:55 (UTC)

自分もよくわかりませんが、ナビゲーションテンプレートを作るとカテゴリが自動生成されるのではないでしょうか。「Template:川端康成」のソースをみると、name = 川端康成 title = 川端康成の作品、と入力されていますね。--Sazanamiya会話) 2016年9月11日 (日) 09:53 (UTC)
お二人のご意見を受けてHelp:カテゴリ #テンプレートのカテゴリ付けを参考に修正し、改善が確認されました。--遡雨祈胡会話) 2016年9月11日 (日) 13:32 (UTC)

エピソードについて[編集]

お世話になっております。今回はエピソードについてどうするか意見を伺いたいと思っています。現段階では大体以下のどれかに該当するだろうと考えております。

1. エピソードをそのまま残す
⇒特に編集しない。現状維持
2. エピソードを編集する
a. 消去
⇒一切を残さず撤去
b. エピソードの内各文学作品の分析に使用できそうなものを履歴継承して移動、編集。他は文中に含められなそうなものは撤去
例:食生活と菜食主義⇒『ビジテリアン大祭』、チェロの演奏⇒『セロ弾きのゴーシュ』

個人的には2-bがいいと思っております。宮沢賢治の百科事典における特筆性について考えると、やはり「日本文学」や「童話」への影響が挙げられると思っていて、エピソードがあると無限に膨らんで収集がつかなくなるのではないかと思っています。それから、個々の記事の充実という目的においてもいいのではないかと思っております。ご意見などを伺えると幸いです。--遡雨祈胡会話) 2016年10月10日 (月) 08:11 (UTC)

コメント 現在経歴節を執筆しているのですが、自分もエピソード節の編集を考えてます。
音楽
自分の手元にある資料ではあまり触れられていないので、手を入れにくいです。「蓄音機の竹針を炒め」は「竹針を傷め」の誤字だと思うのですが出典を確認してないのでなんとも。「セロ弾きのゴーシュは、チェロが登場する文学作品の中でも最も著名な作品である」は出典がなければ独自研究なのでは。
食生活と菜食主義
かなり削れるでしょう。中間部は賢治の名を載せた店の紹介のようになっています。時系列で短くまとめると「盛岡高校時代から菜食をはじめる。教員時代は外食を楽しみ、つきあいで酒も飲んだ。独居自炊時代は家族も心配するほどの粗食。療養中も菜食を続け死期を早めた」です。
恋愛
女性関係は経歴に含める予定なので見出しを「禁欲主義」と変えて整理しようかと。
その他
「聖人伝説」とでも変えて「生まれた年と死んだ年に地震があった」(賢治の創作となんら関係ないのに没後遺族らによって広められた)などの逸話をまとめなおそうかと考えてます。--Sazanamiya会話) 2016年10月10日 (月) 10:59 (UTC)
ご返答有難う御座います。今回はSazanamiyaさんが資料を集めて編集してくださっていますし、変更を待ってからの方がいいと当方は考えております(慌てるような内容でもありませんしね)。恋愛の保阪嘉内に関するところは、銀河鉄道の夜でも取り上げられているので、こちらにも書くかは一度考えてもいいかと思っております。いずれにせよ、独自研究やお店の宣伝に近いものについては、洗い直した方が良さそうですね。--遡雨祈胡会話) 2016年10月10日 (月) 11:21 (UTC)
長くこの記事を見ている参加者として補足させてください。菜食主義に関するところで「店の宣伝」云々となっているのは、ある時期に「賢治が菜食主義者であった」ことを否定しようとしたある参加者が、そういった記述を利用してその印象を強めようとした結果ではないかと推測しております。農学校教員時代には菜食主義ではなかったことは複数の伝記研究者も記述しているところなので、あえてこうした事例を記す必要はないでしょう(ただ、「やぶ屋」については、菜食主義云々と関わりなく賢治が愛好したことが研究書にも出てくるので、そうした出典を伴う形で残してよいのではないでしょうか)。--Unamu会話) 2016年10月10日 (月) 11:40 (UTC)
Unamuさん、有難う御座います。中々興味深いです。加筆された内容を確認したのですが、菜食主義と恋愛に関しては人物像としてのくくりにいれてもいいような気がしていますが、如何でしょうか。音楽に関しては、出典がなくて経歴に含められなければ削除でいいかもしれませんね。--遡雨祈胡会話) 2016年10月19日 (水) 20:47 (UTC)

コメント 改稿しました。エピソード節は節名を変えた上分量が増えてしまったので削ったほうがいいかもしれません。--Sazanamiya会話) 2016年10月24日 (月) 01:49 (UTC)

提案 有難う御座います。エピソードをある程度削るのを前提で……あとは容量が気になるようなら、作品一覧を移動提案して、単独記事にするとかでしょうか。メリットとしては、記事ができていない小さい作品でも簡単に内容は書けると思います。カテゴリとはそういうところで差別化できるかなと思います。……ちなみにあまり容量が大きいと良くないのでしたっけ?あまりその辺は詳しくないので調べてきます。--遡雨祈胡会話) 2016年10月24日 (月) 02:30 (UTC)
コメント 記事の分量はGAになっている川端康成が398,309バイトなので特に問題ないと思います。三島由紀夫はノートで分割が話し合われたことがあったようですが、分割にはいたっていません。自分が気になるのは、記事の主体たる経歴節に加えて些末なエピソードが多くてバランスを欠いていないかな…ということです。あと出典が確認できず削った文章があるので書いておきます。
  • 「HELP」のあだ名がつく{refnest|group="注釈"|自筆の伝記メモに「Helpと呼ばる」との記載があり、1910年に友人である藤原健次郎宛に書かれた現存最古の書簡にも「Help閣下」という署名がある。}
  • 翌年発表された早坂の学術論文にて名前を挙げて感謝の意が記載される。
  • 父と弟は法華経1000部の配布を行うもアメリカ軍による空襲で配り切らない儘に終わっている。--Sazanamiya会話) 2016年10月24日 (月) 04:51 (UTC)
返信 確かに細かいエピソードが多いですね。個人的には以前Sazanamiyaさんも仰ってましたが「その他」節と「音楽」節が浮いている気がします。しかしそうはいっても出典のある記載でもありますし、消すかどうかは意見を最低2週間ぐらいは待った方がいいと思います。--遡雨祈胡会話) 2016年10月24日 (月) 05:34 (UTC)
返信 旧制中学時代の「HELP」のあだ名の件は、全集の書簡集や雑纂にはきちんと掲載されているものです。ただ、全集が手近にないため、今すぐに出典記載をすることができません。せめてコメントアウトにしておいていただけないでしょうか。--Unamu会話) 2016年10月24日 (月) 13:51 (UTC)
返信 「Help閣下」の書簡はこちら[1]にありますが、(Helpは賢治のあだなでしょう)とサイト主?の推測になっています。「石コ賢さん」のあだ名は賢治の作風にも影響を及ぼした鉱石好きが小学生時代からはじまっていたことがわかるので経歴節に入れましたが、中学時代の一時期のあだ名まで入れていたらきりがないのでは、というのが除去した理由のひとつでもあります。中学時代のエピソードなら先の書簡にある「温泉の樋を外して汚水を流し込むいたずらをした」とか「スポーツは苦手だったが登山は得意で身軽に登っていた」なんてのがあるんですが、「百科事典の記事」としては余計ではないかと思って省いています。ただ「何が必要で何が余計か」は人によって判断が違うので、「コメントアウトで復帰」という編集をなさってもかまいませんよ。--Sazanamiya会話) 2016年10月25日 (火) 00:05 (UTC)

報告エピソード節から賢治の発言、書簡の引用部分を除去したり要約したりでちょっとすっきりさせました。現時点では自分はこの記事の構成に満足しています。もちろん「こうしたほうが良い記事になる」という方はどんどん編集なさって結構です。--Sazanamiya会話) 2016年10月25日 (火) 00:59 (UTC)

音楽関係から一部、出典のない記載を撤去致しました。念のため以下に撤去した内容と、もし出典となりそうな資料の存在が確認できればそちらをメモしておきます。
  • 賢治はチェロに魅かれ、自らもチェロを有するだけでなく演奏法も身につけようとしていた。賢治の作品セロ弾きのゴーシュは、チェロが登場する文学作品の中でも最も著名な作品である。
⇒資料 https://www.iwanami.co.jp/moreinfo/6022760/top.html
報告こちらについては『セロ弾きのゴーシュ』にて加筆いたしました。--遡雨祈胡会話) 2016年12月3日 (土) 00:09 (UTC)
  • 浅草オペラのファン(ペラゴロ)で、上京した際には、しばしば観劇した。当時の浅草オペラの役者だった田谷力三らの名前を織り込んだ詩「函館港春夜光景」も残している。
⇒資料 http://ci.nii.ac.jp/naid/40001357447/
  • 自身が作詞作曲の歌がいくつか残されている(生涯で8曲の歌曲を作った)。 代表作「星めぐりの歌」は、賢治ゆかりの作品等を通じて現在でも親しまれている。この歌は知人の採譜によって譜面化されたものであり、直筆の譜面は存在しない。
いずれにせよ、もう少し資料が集まったら体系的にまとめる、ぐらいのほうがいいと個人的には思います。もちろん強制を意図するものではないので、よりよい方向にしていきたい所存です。--遡雨祈胡会話) 2016年11月3日 (木) 00:02 (UTC)
コメント編集を拝見しました。気になる点を申し上げます。「聖人伝説」とでも変えて「生まれた年と死んだ年に地震があった」(賢治の創作となんら関係ないのに没後遺族らによって広められた)」としていますが、果たしてそれが「聖人伝説」と呼べるものでしょうか?参考までに宮沢清六の「兄・賢治の生涯」から賢治の生没年と災害の関わりを述べた箇所を引きます。
賢治の生まれた明治二十九年という年は、東北地方に種々の天災の多い年であった。それは雨や風や天候を心配し、あらゆる生物の幸福を祈って、善意を燃やし続けた賢治の生涯が、容易ならぬ苦難に満ちた道であるのをも暗示しているようであった。(中略)賢治が日清戦争の直後に、この周期的に天災の訪れる三陸海岸に近い寒冷な土地に生まれたことと、彼が他人の災厄や不幸を常に自分自身のものと感じないでいられなかった善意に満ちた性格の持主であったことは、実に彼の生涯と作品とを決定する宿命であった。(中略)しかしまた肉親という考えを離れて見ると、賢治の性格も生涯も、他からの批判や同情などと全然無縁の、何としてもそうしか出来得ない必然的な事実であり、結果でもあったと思う。 — 宮沢清六、兄、賢治の生涯(『兄のトランク』ちくま文庫版、pp.239 - 240)
このように賢治の生まれた年と死亡した年に大津波があったということにも、天候や気温や災害を憂慮しつづけた彼の生涯と、何等かの暗合を感ずるのである。 — 宮沢清六、兄、賢治の生涯(『兄のトランク』ちくま文庫版、pp.264)
「善意」という言葉には確かに一定のバイアスがないとは言えませんが、賢治が(いろいろな見方があるとはいえ)農民の幸福を願ったことは伝記的事実として疑いを入れないところですし、創作面においても『グスコーブドリの伝記』などに明らかです。「生まれ育った東北の風土が創作や行動のバックグラウンドにある」こと自体は否定できないところであり、要は生没年に起きた災害の記述を記すことが「牽強付会」なのかどうか、という話ではないでしょうか。「大災害の起きた年に生まれたから賢治は善意の人に育った」というのであれば「神格化」といえるでしょうが、宮沢清六の文章はそれを関連づけずに「善意を持った人物であったこと」と「災害の多い風土において、大きな災害のあった年に生まれて亡くなったこと」を並べた上で「暗合」「暗示」という感想を述べているに過ぎません。生没年に大きな災害があったことを記すことが、中立的観点を乱すというのなら、「宮沢清六は…と述べている」と書けばよいのです。遺族による神格化という根拠が山下聖美の所論だけであること、また「遅くとも2014年」(吉田司の『宮沢賢治殺人事件』は1997年の刊行)という記述にどのような根拠があるのかが不明確であることなど、いくつかの疑問を持っています。「脱・神話化」や賢治が有名になる過程での遺族の関与については、この会話ページの前の方で触れている米村みゆきの『宮沢賢治を創った男たち』といった書籍もあるので、もう少し広く研究史も見た上で編集していただきたければと存じます。--Unamu会話) 2016年11月6日 (日) 13:15 (UTC)
コメント 「遅くとも2014年」はさすがにおかしいので初期投稿時の「現代では」に戻しました。作品と評価節の「戦後は賢治の生き方や作品にみられるヒューマニズムを聖化する一方、反動としての批判、『雨ニモマケズ』論争が行われるなど」とあるとおり、賢治批判は戦後からあったようで、本にまとまったものだと青江舜二郎「宮沢賢治―修羅に生きる(1974年)」があります。人物像節ではなく評価節に移して書き直したほうが良いかもしれませんね。--Sazanamiya会話) 2016年11月8日 (火) 02:24 (UTC)
返信 すみません、{{いつ?}}のテンプレートが貼られそうだったので、分かる限りの日程を書きました。消して頂いて構いません。--遡雨祈胡会話) 2016年11月8日 (火) 07:01 (UTC)
(インデント戻し)評価節に関して良さそうな文献(受け売りですが)を見つけたので、メモ程度に残しておきます。
  • 米村みゆき『宮沢賢治を創った男たち』青弓社 2003年12月
こちらのリストの中のもので中身は読んでいないのですが、どのように宮沢賢治が受け入れられていったのかという観点ではいいのかもしれません。--遡雨祈胡会話) 2017年4月16日 (日) 23:55 (UTC)