どんぐりと山猫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

どんぐりと山猫』(どんぐりとやまねこ)は、宮沢賢治の童話である。賢治が生前に出版した唯一の作品集『注文の多い料理店』に収録されている。

刊行の経緯[編集]

作品は賢治と、及川四郎および発行人である近森善一の協力によって刊行された『注文の多い料理店』に収録され、自費出版に近いかたちで発行された。当時はあまり評価されなかった作品である。

あらすじ[編集]

ある秋の土曜日、一郎少年のもとに、下手くそで間違いだらけの文で書かれた怪しいはがきが届くところから物語がはじまる。翌日面倒な裁判があり、ぜひ出席してほしいという内容で、差出人は、山猫となっている。一郎少年は、はがきを秘密にして、一人で大喜びする。翌日、一郎は山猫を探しに山へ入る。 

深い榧(かや)の森の奥に広がる草地で、異様な風体の馬車別当と会い、はがきを書いたのは彼であることなど話すうちに山猫が登場し、どんぐりが集まってきて裁判が始まる。どんぐりたちは誰が一番偉いかという話題で争っており、めいめいが自分勝手な理由をつけて自分が偉いと主張するので、三日たっても決着がつかないという。馬車別当は山猫に媚びるばかりで役に立たず、裁判長である山猫は「いいかげん仲直りしたらどうだ」と体面を保つばかりで、判決を下せないで困っている。一郎は山猫に、一番ばかでめちゃめちゃで、頭のつぶれたようなのが一番偉い、という法話を耳打ちし、知恵をつけて助けてやる。山猫が判決を下すと、一瞬にしてどんぐりたちの争いが解決し、どんぐりは一箇所に固まってしまう。山猫は一郎の知恵に感心し「名誉判事」という肩書きを与え、はがきの文面を「出頭すべし」と命令調に書き換える提案をして否定されてしまった。山猫はよそよそしくなり、謝礼として、塩鮭の頭と黄金(きん)のどんぐりのどちらかを選ばせ、一郎が黄金のどんぐりを選ぶと白いきのこの馬車で家まで送ってくれる。黄金のどんぐりは色あせて茶色の普通のどんぐりとなり、そして二度と山猫からの手紙はこなくなってしまう。一郎は、「出頭すべし」と書いてもいいと言えばよかったとちょっと残念に思うのである。

登場人物[編集]

『どんぐりと山猫』のメインキャラクターは一郎、山猫、馬車別当である。脇役として栗の木、笛吹き滝、きのこ、リス、そしてどんぐりたちが登場する。  

一郎
山猫の手紙を親に見せたり友達に相談したりせず、単身で裁判に出かけるなど、自立心が確立された少年である。年齢は明記されていないが、馬車別当へのお世辞から尋常小学校の三、四年生とわかる。道を尋ねたり、馬車別当や山猫との対応もしっかりしており、いざというときは大人から聞いた法話を思い出すなど、かなり利発で機転の利くことが分かる。また、馬車別当がはがきの文や字の下手なのを恥じると世辞を言って慰めるなど、相手を思いやることができ、大人としての分別はほぼそろっている。その一方、異様な手紙を怪しみもせず、無謀なことが大好きで、山猫たちと会話できるなど、野生児としての要素も失っていない。 
山猫
陣羽織や裁判用の繻子の服など着込み、葉巻を吸うなど威風堂々としている。客人の一郎には紳士的だが、裁判官としては無能で、それを隠すために、体裁ばかり気にしており、手下やどんぐりには威張り散らす性格である。 
馬車別当
山猫の手下。背が低く、片目で、見えない目は不気味で足も曲がって変形しており、半天姿で鞭を持っているという異様な風体の男である。性格は卑屈で山ねこに媚びるばかりで、はがきの書き方からも分かるように教養は低く、それを恥じている反面、一郎の「大学生でもあんなにうまくはがきは書けない」というようなお世辞を本気にして喜ぶような単純な性格である。 
どんぐりたち
ばらばらで自分勝手な理由をつけて自分が一番になろうとエゴをむき出しにしている。一郎から知恵をつけられた山猫の判決を聞いて、争いをやめる。
栗の木、笛吹き滝、きのこ、リス
一郎に山猫の行方を聞かれて、ばらばらな方角を教えて一郎を迷わせる役柄。彼らはけっしてでたらめを教えているのではなく、山猫が馬車に乗って、せわしく飛び回っていることを伝えているのである。栗の木(植物)はバラバラと、笛吹き滝(鉱物)は笛、きのこ(菌類)はどってこどってこと、そしてリス(動物)はぴょんと出て来るといった具合に、それぞれ音楽的要素が含まれている。

鑑賞[編集]

  • 登場する山猫、馬車別当は、無能な指導者とそれにへつらう管理者の姿であり、どんぐりとは民衆のことと考えられる。結局法話の真髄を理解できたのはどんぐりたちだけであった、という風刺になっている。しかし、この物語は、単に謙虚な者が一番偉いという訓話にとどまらず、一郎少年の成長の瞬間を描いた物語となっている。
    • 一郎は人間らしい知恵や思いやりを持つ一方、山の動物たちと会話するような野生的な力を残した少年であった。
    • 裁判の後、山猫は一郎を手下にしようと、名誉判事の肩書きをちらつかせて承諾させ、次に「出頭」という言葉で拘束しようとしたが、一郎のさりげない拒絶で失敗してしまう。最後に一郎は欲を出して「黄金のどんぐり」という人間として常識的な判断を下す。
    • 彼が「出頭すべし」という文言を拒むと山猫は興味を失ったかのように態度がよそよそしくなり、どんぐりは色あせ、手紙が二度とこなくなってしまったのは、一郎が成長し山猫の手の届かない世界に行ってしまったからに他ならない。
  • 井上ひさし中央公論社「ともだち文庫」第1回配本7円50銭を自分の貯金で買った初めての本だといい(「忘れられない本」『本の運命』)、「宮澤賢治に聞く」(『the座』6号1986年の架空対談)で「自然をどう認識すべきかわからないでいた山間(やまあい)の小さな町の子どもに、自然との関係のつけ方を教えてくれたのです」「わたしたちがなんといっていいのかわからなかったものに、ちゃんと言葉を与えている人がいる! そのことに感心し、ぼうぜんとなったのです」と書いている[1]

OVA[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 笹沢信『ひさし伝』(新潮社 2012年参照)。

外部リンク[編集]