トラウト・マスク・レプリカ

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トラウト・マスク・レプリカ
キャプテン・ビーフハート・アンド・ヒズ・マジック・バンドスタジオ・アルバム
リリース 1969年6月16日
録音 1968年8月、1969年3月
ロサンゼルスカリフォルニア州、サンセット・サウンド・レコーダーズ、ホイットニー・スタジオ
ジャンル アヴァンギャルドアート・ロックブルースロックプロト・パンクサイケデリック・ロック実験音楽フリー・ジャズスポークン・ワード
時間 78分51秒
レーベル ストレイト・レコード、リプライズ・レコード
プロデュース フランク・ザッパ
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 21位(イギリス)[1]
キャプテン・ビーフハート・アンド・ヒズ・マジック・バンド 年表
ストリクトリー・パーソナル
(1968年)
トラウト・マスク・レプリカ
(1969年)
リック・マイ・デカルズ・オフ、ベイビー
(1970年)
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トラウト・マスク・レプリカ (Trout Mask Replica) は、1969年にリリースされたキャプテン・ビーフハート・アンド・ヒズ・マジック・バンドの3枚目のアルバムである。プロデュースはビーフハートの高校時代の同級生であり、友人のフランク・ザッパが担当した。ブルースや実験音楽、フリー・ジャズ等、様々なジャンルの音楽を取り入れた本作は、後のオルタナティブ・ロックポスト・パンクに多大な影響を与えた重要な作品として認知されている。本作についてBBCの伝説的DJであるジョン・ピールは、「ポップ・ミュージックの歴史において、音楽以外の領域で活動する芸術家たちにも理解し得る、芸術作品として見なすことが出来る音楽作品が存在するとしたら、おそらく『トラウト・マスク・レプリカ』がそのような作品である[2]」と述べている。2003年にはローリングストーン誌の500 Greatest Albums of All Timeの第58位、2012年版には第60位に選出された。

背景[編集]

キャプテン・ビーフハートとマジック・バンドはデビュー当初からレーベルとの契約に頭を悩ませてきた。A&Mがファーストシングル(ボ・ディドリーのカバー曲"Diddy Wah Diddy")をリリースしたが、最初のシングル2枚がヒットしなかったことによりすぐに契約を打ち切られてしまう。その後ブッダ・レコードがバンドにとって、またブッダにとっても最初のアルバムであった『セーフ・アズ・ミルク』(Safe As Milk)をリリースするが、直後にブッダ・レコードはビーフハートとマジックバンドには縁もゆかりも無いバブルガム・ポップ路線を志向し、またもやバンドは所属先を失ってしまう。バンドは1967年の終わりから1968年の春にかけて、後に『ストリクトリー・パーソナル』(Strictly Personal)、『ミラーマン』(Mirror Man)として発売されるレコーディングセッションを何度か行ったが、当時の契約問題によりセッションで録音した音源が発売されるかどうかすら分からない状況であった。 同じ頃、ビーフハートの高校時代の同級生であるフランク・ザッパはビザール・レコード、ストレイト・レコードという自身による2つのレーベルを設立した。契約問題に苦しんでいたキャプテン・ビーフハート(ザッパが与えた名前である)に対し、ザッパは完全なる芸術的自由の中で制作を行うことを提案した。その結果として『トラウト・マスク・レプリカ』が完成した。

マジックバンドは8ヶ月に渡る、ビーフハートによって作られた難曲のためのリハーサルを1日12時間行いながら、集団でロサンゼルス郊外にあるウッドランド・ヒルの小さなレントハウスで暮らしていた。ビーフハートはメンバーの完全なる芸術的・感情的支配を行うことで彼の構想を実行した。フレンチは当時の状況を「カルトじみていた」と回想し、レントハウスを訪問した友人は「まさにマンソン・ファミリーのような環境だった」と形容した。また、バンドメンバーは金銭や食料といった物質的環境においても切迫していた。生活保護金と親類からの仕送り以外にバンドの収入はなく、フレンチによればカップ一杯の大豆だけでひと月を過ごしたこともあったという[3]。あまりの苛酷さに、バンドメンバーが食品の万引きで逮捕されたこともあった(ザッパが釈放した)[4]

制作[編集]

ビーフハートはほとんどの楽曲を今までに試みたことのない方法で作曲した。演奏経験のないピアノを作曲に使用したのである。ピアノの経験がなく、従来の音楽知識をまったく持ち合わせていなかったため、既存の音楽の枠組みや構造から逸脱した形で作曲を行うことが出来た。直感だけを頼りに、気に入ったリズムパターン、メロディのパターンを発見するまでピアノの前に座った。作曲のためのピアノが導入される以前は、ビーフハートが口笛で吹いたり歌ったりするフレーズをジョン・フレンチがテープレコーダーで録音していたが、手違いである部分を消去してしまいビーフハートに叱られたのを契機に、フレンチはビーフハートがピアノで叩き出すフレーズをすべて記譜し、改めてビーフハートに演奏して聞かせるようになった。大半の楽曲がこのような作曲・記譜の方法で作られた一方で、"Pena"や"My Human Gets Me Blue"のような楽曲はビーフハートによる口笛で提示された。また、記譜を担当していたフレンチがそれぞれのメンバーのパート譜を書き、演奏の指導を行った。ビーフハートは『トラウト・マスク・レプリカ』の作・編曲は全て独力で完成させたと主張してきたが、フレンチは「自分も編曲者としてクレジットされるべきではないかと感じていたが、一度もされたことはなかった。[5]」と述べている。

"Moonlight on Vermont"と"Veteran's Day Poppy"は、残りの楽曲が録音された約7ヶ月前にあたる1968年8月のサンセット・サウンド・レコーダーズでフランク・ザッパによるプロデュースの元、録音が行われた。その後、ベースのゲイリー・"マジック"・マーカーがマジック・バンドを脱退し代わりにマーク・ボストンが加入した。翌年の1969年3月に、バンドは『トラウト・マスク・レプリカ』のレコーディングに入る準備を整えた。ザッパは当初、エンジニアのディック・カンクを伴ってメンバーが住むレントハウスにポータブルの録音機材を持ち込み、別々の部屋でバンドの演奏を録音するフィールド・レコーディングの形を取るつもりだった。実際に行われた録音自体は素晴らしい仕上がりでザッパは満足したが、ビーフハートはザッパが録音費用を出し惜みしているのではないかという疑惑を持つようになり、スタジオを使用して録音することを主張した。ヴォーカルのスタジオ録りは当初から決まっており、ザッパはバンドのスタジオ入りの段取りを整えた。収録は当時宗教音楽のみを録音していたホイットニー・スタジオで行われた。日頃からリハーサルを重ねていたマジック・バンドの面々は、20のバッキングトラックの録音をたったの6時間で終え[6]、その後ビーフハートはヘッドホンを着用してモニタリングする代わりに、スタジオの窓から微かに聴こえる演奏音のみを頼りに[7]、ヴォーカルトラックと管楽器のオーバーダブを2日で録音した。ミキシング作業を含めても『トラウト・マスク・レプリカ』は4日間で完成した。

アルバムジャケットの撮影とデザインはカル・シェンケルが担当し、シェンケルが地元の魚屋で購入した鯉の頭をマスクに改造してビーフハートに被せた[8]

収録曲[編集]

作詞・作曲はいずれもドン・ヴァン・ヴリート(キャプテン・ビーフハート)による。

A面
# タイトル 作詞 作曲・編曲 時間
1. Frownland    
2. The Dust Blows Forward 'n the Dust Blows Back    
3. Dachau Blues    
4. Ella Guru    
5. Hair Pie: Bake 1    
6. Moonlight on Vermont    
B面
# タイトル 作詞 作曲・編曲 時間
7. Pachuco Cadaver    
8. Bills Corpse    
9. Sweet Sweet Bulbs    
10. Neon Meate Dream of a Octafish    
11. China Pig    
12. My Human Gets Me Blues    
13. Dali's Car    
C面
# タイトル 作詞 作曲・編曲 時間
14. Hair Pie: Bake 2    
15. Pena    
16. Well    
17. When Big Joan Sets Up    
18. Fallin' Ditch    
19. Sugar 'n Spikes    
20. Ant Man Bee    
D面
# タイトル 作詞 作曲・編曲 時間
21. Orange Claw Hammer    
22. Wild Life    
23. She's Too Much for My Mirror    
24. Hobo Chang Ba    
25. The Blimp (mousetrapreplica)    
26. Steal Softly thru Snow    
27. Old Fart at Play    
28. Veteran's Day Poppy    

参加メンバー[編集]

ザ・マジック・バンド[編集]

  • キャプテン・ビーフハート (ドン・ヴァン・ヴリート) - ヴォーカル、バッキング・ヴォーカル、スポークン・ワード、テナー・サックス、ソプラノ・サックス、ベース・クラリネット
  • アンテナ・ジミー・ザーメンズ (ジェフ・コットン) - ギター、スライド・ギター、ヴォーカル("Pena"、"The Blimp")
  • ズート・ホーン・ロロビル・ハークルロード) - ギター、スライド・ギター、フルート("Hobo Chang Ba")
  • ロケット・モートンマーク・ボストン) - ベース・ギター、ナレーション("Dachau Blues"、"Fallin' Ditch")
  • ドランボジョン・フレンチ) - ドラム、パーカッション
  • マスカラ・スネイク (ビクター・ヘイデン) - ベース・クラリネット、バッキング・ヴォーカル("Ella Guru")

その他[編集]

  • ダグ・ムーン - アコースティック・ギター("Ella Guru")
  • ゲイリー・"マジック"・マーカー - ベース("Moonlight on Vermont"、"Veteran's Day Poppy")クレジットなし

制作[編集]

  • フランク・ザッパ - プロデューサー
  • カル・シェンケル - アルバムデザイン、撮影
  • エド・カラエフ - 撮影

脚注[編集]

  1. ^ The Official Charts Company - Trout Mask Replica”. officialcharts.com. 2014年4月18日閲覧。
  2. ^ Barnes, Mike (1999年2月). “Captain Beefheart and the Magic Band: Trout Mask Replica”. Perfect Sound Forever. 2014年4月18日閲覧。
  3. ^ Elaine Shepard (Producer), Declan Smith (Film research) (1997年). The Artist Formerly Known as Captain Beefheart (Documentary). BBC. 
  4. ^ French,John (2010). Beefheart: Through the Eyes of Magic. pp=389-391
  5. ^ Drum clinic, Conway Hall, London, 26 May 1996; transcribed by Mike Barnes and published in Resonance, Vol.6, No.1, 1997
  6. ^ Miles, Barry (2005). Zappa: A Biography. pp. 182–183. Grove Press
  7. ^ Chusid, Irwin (2000). Songs in the Key of Z: The Curious Universe of Outsider Music, pp. 129–140. London: Cherry Red Books. ISBN 1-901447-11-1
  8. ^ United Mutations interview with Schenkel”. United mutations.com. 2010 02 11閲覧。

参考文献[編集]

  • バーンズ,マイク (2006). 『キャプテン・ビーフハート』. 河出書房新社.