シロンスク県

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シロンスク県
województwo śląskie
シロンスク県の旗 シロンスク県の章
県の旗 県の章
測地系: 北緯50度20分 東経19度00分
シロンスク県の位置
シロンスク県の所在地
ポーランドの旗 ポーランド
県都 カトヴィツェ
ヴォイヴォダ ジャロスアヴ・ヴィエチョレク
(Jarosław Wieczorek)
略号 S
県番号(ISO 3166-2 PL-SL
面積
 - 総計

12,333km2
人口
 - 総計
 - 人口密度
(2016年)
約4,564,394[1]
370,1 人/km²
36
グミナ 167
県番号 24
公式サイト www.katowice.uw.gov.pl/

シロンスク県 ( Województwo śląskie ) は、ポーランド南部のである。

県都はカトヴィツェチェコスロヴァキアと接していて、国内ではシフィェンティクシシュ県マウォポルスカ県オポーレ県ウッチ県と接している。ヤスナ・グラ僧院で有名なチェンストホヴァがあり、8月の聖母マリア被昇天の祝日には全ポーランドから巡礼者がやってくる。

歴史[編集]


地理[編集]

シロンスク高地が県中部から西部にかけて広がり、南部にはベスキディ山脈英語版がある。

地域区分[編集]

産業[編集]

鉱業が盛んで、亜鉛などが採掘される。また、自動車メーカーの進出も多い。

文化[編集]

観光地[編集]

ベンジン(Będzin[編集]

ベンジン(Powiat będziński)郡の街。見どころは14世紀に建設されたベンジン城。11世紀から木造の城砦はあったが、1241年のモンゴル襲来で焼け落ち、14世紀初頭に石造に建て替えた。ポーランド=リトアニア同君連合の南西部の国境を守備する重要な城だった。1364年には神聖ローマ帝国皇帝カール4世が表敬訪問した。現在は城の内部が博物館になっている。ポーランド南西部の古城をつなぐ観光街道である「鷲の巣街道」上にある。郡の公式サイト(ポーランド語)[1]あり。

ビェルスコ=ビャワBielsko-Biała[編集]

「小さなウィーン」と呼ばれ、街並みと周囲の自然風景の調和が美しく、文化活動も盛んである。小ベスキド山地(Beskid Mały)へハイキングやキャンプに行く際の拠点ともなっている。市公式サイト(英語・ポーランド語)あり[2]

ボボリツェ(Bobolice[編集]

ミシュクフ郡(Powiat myszkowski)ニェゴヴァ町(Gmina Niegowa)の村。ボボリツェ城で有名。ポーランド南西部の古城をつなぐ観光街道である「鷲の巣街道」上にある。城の公式サイト(ポーランド語)[3]あり。ニェゴヴァ町公式サイト(ポーランド語)[4]あり。

チェンストホヴァCzęstochowa[編集]

黒い聖母を祀るヤスナ・グラ修道院(Jasna Góra)はポーランド最大のカトリック巡礼地。市の公式サイト(英語・ポーランド語・ドイツ語・フランス語・チェコ語・スペイン語・イタリア語・ハンガリー語・ポルトガル語・ロシア語)あり。

コニャクフ(Koniaków[編集]

ポーランドとチェコにまたがるシロンスク・ベスキド山地(Beskid Śląski)の村々の中で最も海抜の高い山村である。150年以上もの手編みレースの伝統があり、この村で作られたテーブルクロスなどの製品はローマ教皇ヨハネ・パウロ2世イギリス女王エリザベス2世に購入されている。社会主義体制が1989年に崩壊すると、村の若い女性たちが地場産業を発展させようと考え手編みレースの女性用下着を作って輸出しはじめ、世界的に有名な村となった[5]。この村で作られたレース下着は日本にも輸出されている[6]。村には小さなレース博物館がある。この村とその近隣はシロンスク・ベスキド山地のリゾート地で、近くを鉄道が通り、リゾートホテルもある。またアグロツーリズムが盛んで、農家に宿泊もできる。コニャクフレースのサイト(英語・ポーランド語)あり[7]

関連項目[編集]

脚注[編集]