ビトム

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Bytom
Holy Trinity Church
Holy Trinity Church
Bytomの旗
Bytomの紋章
紋章
Bytomの位置(ポーランド内)
Bytom
Bytom
北緯50度23分 東経18度54分 / 北緯50.383度 東経18.900度 / 50.383; 18.900
Country Poland
POL województwo śląskie flag.svg シロンスク県
city county
Established 12世紀
Town rights 1254
行政
 • 市長 Damian Bartyla
面積
 • 都市 69.44km2 (26.81mi2)
最高標高
330m (1,080ft)
最低標高
249m (817ft)
人口
(2009[1]
 • 都市 183,251人
 • 密度 2,600/km2 (6,800/mi2)
 • 都市部
2,746,000人
 • 都市圏
4,620,624人
等時帯 UTC+1 (CET)
 • 夏時間 UTC+2 (CEST)
郵便番号
41-900–41-936
市外局番 +48 32
カープレート SY
ウェブサイト http://www.um.bytom.pl
かつての工業都市も、いまは産業構造の転換を迫られている。
市街風景

ビトムポーランド語: Bytomドイツ語: Beuthen ボイテン)は、ポーランドの都市。人口は約18万8千人(2007年)。

地勢・産業[編集]

カトヴィツェの郊外にある工業都市。かつてはシロンスク地方(シュレジエン地方)の豊富な地下資源に支えられて繁栄を誇ったが、地下資源の枯渇にともない工業も衰退し、高失業率に悩まされている。

歴史[編集]

13世紀半ばに都市特権を得た。ポーランド王国ボヘミア王国などの支配を経て、オーストリア・ハプスブルク家の所領となった。この過程で、街のドイツ化が進んでいった。18世紀半ばのオーストリア継承戦争に乗じてプロイセン王国の領土となり、1871年に成立したドイツ帝国の領土となった。ドイツ敗戦後のポツダム会談における決定に基づき、第二次世界大戦後ポーランド領となった。この際、ビトムに居住していた多くのドイツ人が追放され、西方への移住を余儀なくされた。近隣の大都市カトヴィツェと同様、冷戦期には豊富な地下資源に支えられた工業都市であったが、もはや地下資源も枯渇し、新たな産業構造を生み出す必要に迫られている。

スポーツ[編集]

ポロニア・ビトムが、ビトムを本拠地とするサッカークラブ。2007年に1部昇格を果たした。

友好都市[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Central Statistical Office, Warsaw 2009, Population. Size and Structure by Territorial Division, as of June 30, 2009 (PDF)”. 2009年12月31日閲覧。

外部リンク[編集]