キノトール
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キノ トール(1922年5月30日[1][2][3]〈または5月31日[注釈 1]〉 - 1999年11月29日[5])は、日本の劇作家[5]、脚本家[4]、演出家[5]。本名は木下 徹(きのした とおる)[5][4]。東京都出身[1][5]。テアトル・エコー顧問[4]。妻は、産婦人科医、性医学評論家であるドクトル・チエコ(本名:木下 和子)[1][3][5]。
出生時の姓名は松宮 徹[1]。父は東京市世田谷区在住の松宮三郎[7]。のちに木下
経歴
[編集]日本大学芸術学部卒業[1][4]。第二次世界大戦中、予備学生として学徒出陣、海軍航空隊中尉で終戦を迎える[1][4]。戦後、「独立劇場」設立[5]。「東京青年劇場」を経てテアトル・エコーに入団[5]。脚本家、演出家として劇団活動の基礎を築いた。その間、三木鶏郎に誘われ、『日曜娯楽版』で一躍人気作家になる[5]。『11PM』、『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』、『光子の窓』、『フランキー講談』等々、テレビ、ラジオで活動した[5]。
主な作品
[編集]戯曲
[編集]- ドライアイスの海
- 男の中の男
- スパイの技術
- ミラノを見て死ね
- 真夏の夜の夢
- 平家物語
- イヴとアダム
- 青年がみな死ぬ時
- われら今夜の悪夢
- 法界坊悪行極楽
- ゴーイングゴーイング
- 殺人の技術・男の中の男
- 恋愛の技術
演出
[編集]- レースの鎧
- ボーイングボーイング
- うるわしのバカ娘
- マリリンモンロー
- 中年よ大志を抱け
- 怪盗ママ
- お国のためだ目をつぶれ
- 整形手術
- バレるぞ急げ
- 腕ずく
- 歌うならラブソング
- ズボンが…ない!
- 正しい殺し方教えます
- 情事だジョージ非常時だ?!
- ミュージカル 怪傑アンパンマン[9]
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f g h 人事興信所 編『人事興信録』(第25版 上)人事興信所、1969年12月15日、き之部1頁。NDLJP:3044853/821。キノ トールの項目を参照。
- ^ 『放送作家年鑑』(1981年版)日本放送作家協会、1981年5月20日、巻末20-21頁。NDLJP:12450491/92。巻末の会員名簿中、キノトールの項目を参照。
- ^ a b c 東興秘密探偵社編集部 編『日本信用紳士録 全国篇』(1969年版)東興秘密探偵社、1968年11月1日、511頁。NDLJP:3049248/321。キノトールの項目を参照。
- ^ a b c d e f 人事興信所 編『全日本紳士録』(昭和34年版)人事興信所、1959年4月10日、き之部5頁。NDLJP:3013992/230。木下 徹の項目を参照。昭和38年版でも出生日を5月31日と記載。
- ^ a b c d e f g h i j k l 「キノ トール」『20世紀日本人名事典(2004年刊)』日外アソシエーツ。コトバンクより2025年9月16日閲覧。
- ^ 『放送年鑑――ラジオ・テレビのすべて』(1965年版)日本放送作家協会、1965年5月10日、巻末11頁。NDLJP:2506326/178。巻末便覧1の会員名簿中、キノトールの項目を参照。
- ^ 聯合通信社 編『日本人事名鑑』(昭和9年版 下卷)聯合通信社、1933年12月25日、マ之部72頁。NDLJP:1688665/823。松宮三郎の項目を参照。
- ^ 満蒙資料協会 編『満州人名辞典』(上巻)日本図書センター、1989年5月25日、152頁。NDLJP:13268438/133。木下荘の項目を参照。底本は1940年12月25日刊の『満州紳士録』第3版。
- ^ 「ミュージカル 怪傑アンパンマン」オールスタッフ。2025年9月16日閲覧。