オラフ・ヘンリクセン

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オラフ・ヘンリクセン
Olaf Henriksen
Olaf Henriksen.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 デンマークの旗 デンマーク・キルケルップ
生年月日 1888年4月26日
没年月日 1962年10月17日(満74歳没)
身長
体重
5' 7.5" =約171.5 cm
158 lb =約71.7 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
初出場 1911年8月11日
最終出場 1917年6月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

オラフ・ヘンリクセン(Olaf Henriksen、1888年4月26日 - 1962年10月17日)は、主に1910年代に活躍したアメリカメジャーリーグの野球選手。ポジションは外野手デンマーク・キルケルップ生まれ。左投げ左打ち。ニックネームは"Swede"(スウェード:スウェーデン人の意)。2014年現在ただ一人のデンマーク出身のメジャーリーガーで、1910年代のボストン・レッドソックスで3度のワールドシリーズ制覇を経験した。

来歴・人物[編集]

デンマークのシェラン地域の出身で、アメリカに移住した経緯などはよく判っていない。1911年にマイナーのニューイングランドリーグでプレーしている所を見出され、同年ボストン・レッドソックスに入団。以後1917年まで7年間レッドソックスに在籍した。

ヘンリクセンは外野手だったが、当時レッドソックスの外野はダフィー・ルイスハリー・フーパートリス・スピーカーの不動の3人で固められ、レッドソックスでは主に代打と、外野の控えとしての役割を担っていた。小柄で長打が少ないながら出塁率が高く、1911年から1914年の4年間の出塁率はいずれも4割を超えた。ワールドシリーズ制覇も3度経験しているが、1912年のワールドシリーズでは、最終戦で代打で出場し、相手ジャイアンツのクリスティ・マシューソンから同点の二塁打を放つ活躍も見せた。

怪我などもあって、1917年シーズン途中でマイナーに降格し、再びメジャーに上がることはなかった。選手引退後はボストンカレッジの監督をつとめたこともある。1962年にマサチューセッツ州で死去。

通算成績[編集]

打撃成績[編集]

※数字の後の"*"は、記録不明箇所があることを示す。

































O
P
S
321 487 131 12 7 1 84 48 15 43* 97 2 12 .269 .392 .329 .721

獲得タイトル・記録[編集]

出典・外部リンク[編集]