エドガルド・コデサル・メンデス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はコデサル第二姓(母方の)はメンデスです。
エドガルド・コデサル・メンデス
個人情報
フルネーム Edgardo Codesal Méndez
誕生日 (1951-06-02) 1951年6月2日(68歳)
出身地 ウルグアイの旗 ウルグアイ
モンテビデオ
国内
リーグ 役割
1977-1980 プリメーラ・ディビシオン (ウルグアイ) 審判員
1981-? プリメーラ・ディビシオン (メキシコ) 審判員
国際
リーグ 役割
1985-1994 FIFA選出 審判員

エドガルド・コデサル・メンデス(Edgardo Codesal Méndez, 1951年6月2日 - )はウルグアイ出身のメキシコ人サッカー審判員である。

概要[編集]

ウルグアイとメキシコの二重国籍を持つ。1976年に審判員の資格を取得、1977年プリメーラ・ディビシオン (ウルグアイ)で初めて審判を務めた。1980年メキシコサッカー連盟の招待に応じてメキシコに渡り、以降メキシコで審判を務めるようになった。1985年FIFAのライセンスを取得し1994年までFIFA国際審判員として活動していた[1]1990 FIFAワールドカップでは決勝戦の審判を務めた。彼は北中米カリブ海地域初のFIFAワールドカップ決勝戦の主審となった。また、1999 FIFA女子ワールドカップでは審判委員長を務めている。

担当した主な国際大会[編集]

1990 FIFAワールドカップ[編集]

1990 FIFAワールドカップでは3試合で審判を担当した。

脚注[編集]

  1. ^ Edgardo Codesal Méndez worldreferee.com、2012年5月6日閲覧。

外部リンク[編集]