ニコライ・ガブリロヴィッチ・ラティシェフ

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ニコライ・ラティシェフ
個人情報
フルネーム Николай Гаврилович Латышев
誕生日 1913年11月22日
出身地 ロシア帝国の旗 ロシア帝国
モスクワ
死没日 1999年2月18日
他職業 助教授 (機械工学)
国内
リーグ 役割
1942-1963 ソビエト連邦リーグ 審判員
国際
リーグ 役割
1956-1962 FIFA選出 審判員

ニコライ・ガブリロヴィッチ・ラティシェフロシア語: Николай Гаврилович Латышев, 1913年11月22日 - 1999年2月18日)はソビエト連邦出身の元サッカー審判員である。

概要[編集]

サッカー選手時代は1932年から1942年までFCディナモ・モスクワの選手として活躍し、引退後はモスクワの機械工学研究所で助教授を務める傍ら、サッカー審判員を務めた。1956年FIFAのライセンスを取得しFIFA国際審判員として活動していた[1]。国内リーグでは1963年まで200以上の試合で主審を務めた他、1958 FIFAワールドカップの審判を務め、1962 FIFAワールドカップでは決勝戦の審判も務めた。1962年から1984年までFIFA審判委員会の委員を務め、1987年にFIFA功労賞を受賞した。

担当した主な国際大会[編集]

1958 FIFAワールドカップ[編集]

1958 FIFAワールドカップでは2試合で審判を担当した。

1962 FIFAワールドカップ[編集]

1962 FIFAワールドカップでは4試合で審判を担当した。

脚注[編集]

  1. ^ Nikolay Latyshev worldreferee.com、2012年5月5日閲覧。

外部リンク[編集]