イマノル・アリノルドキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
イマノル・アリノルドキ Rugby union pictogram.svg
Thumb
基本情報
生年月日 (1980-02-20) 1980年2月20日(38歳)
出身地 フランスの旗 フランスバイヨンヌ
身長 1.92m
体重 105kg
愛称 Hari
選手情報
ポジション フッカーNO8
クラブ
チーム 出場 得点
1999-2004
2004-14
2014-16
ポー
ビアリッツ
トゥールーズ
47
212
15
(25)
(123)
(5)
国代表
チーム 出場 得点
2002- フランスの旗 フランス 82 (65)
更新日 2010年2月27日
■テンプレート

イマノル・アリノルドキImanol Harinordoquy1980年2月20日 - )は、フランスバイヨンヌ出身のラグビー選手。テニス柔道水泳サッカーなどをやった後、15歳でラグビーを始める。フランカーあるいはナンバーエイトとして、ビアリッツ・オランピックおよびフランス代表でプレーしている。

人物[編集]

フランス領バスクサン=ジャン=ピエ=ド=ポル(Saint-Jean-Pied-de-Port)で育つが、教育を受けるために町を出てポーのラグビーチーム、セクション・パロワズに入る。そこでダミアン・トライユと知り合う。アリノルドキはバスク人としてのルーツを誇りにしており、自分が育ったチームであり2005-2006年度のフランス四部リーグチャンピオンであるUS Naffaroa(US Garaziの後身)を支援している。

2006年度シーズンには、セルジュ・ベッツェンティエリー・デュソトワールトマ・リエーヴルモンとともにビアリッツ・オランピックで攻撃的な第三列を構成している。このメンバー構成は2006年6月の南アフリカとのテストマッチで試された。

アリノルドキは2002年のシックスネイションズでスタメンに選ばれると、パトリック・タバコをベンチに追いやった。そうして得た評判と持ち前の闊達な性格から、ラグビーワールドカップ2003の時にはチームの副キャプテン的な存在となり、多くのメディアに取り上げられた(カンタス航空のキャンペーン用の広告にも採用された)。同大会において、アリノルドキはオリヴィエ・マーニュセルジュ・ベッツェンとともに高いレベルの三列を構成しフランス代表に貢献した。

この大会の終わりごろに調子を落とし、セバスチャン・シャバルジュリアン・ボネール、ついには所属チームの同僚でありキャプテンでもあるトマ・リエーヴルモンにポストを譲ることとなった。2005-2006年シーズンの後半に良いプレーをすることが出来たのを幸いに代表に返り咲き、ルーマニア戦や南アフリカ戦に参加し、勝利をおさめている。

キャリア[編集]

クラブ[編集]

  • 1995-1999 US Garazi
  • 1999-2004 セクション・パロワズ(ポー
  • 2004-2014 ビアリッツ・オランピック(ビアリッツ
  • 2014-2016 スタッド・トゥールーザン (トゥールーズ)

フランス代表[編集]

2002年2月16日のウェールズ戦で初セレクション。

タイトル[編集]

クラブ[編集]

フランス代表[編集]

  • 82セレクション。
  • 13トライ、65得点。
  • 年ごとのセレクション : 9(2002)、14(2003)、7(2004)、1(2005)、2(2006)、12(2007)、5(2008)、6(2009)、7(2010)、13(2011)、5(2012)。
  • シックス・ネイションズ
  • フランスA代表 : 2セレクション、3トライ(2006年、アイルランドA代表、イタリアA代表)。
  • フランス-21代表 : オーストラリアで行われたワールドカップに出場。

ワールドカップ[編集]

外部リンク[編集]