赤ちょうちん (映画)
『赤ちょうちん』(あかちょうちん)は、1974年公開の日本映画。藤田敏八監督作品。東京を舞台に若くして結婚した新婚夫婦が、周りとの人間関係に馴染めず引っ越しを繰り返しながらも懸命に夫婦生活を送るという異色の青春映画。秋吉久美子の出世作となった[1]。
赤ちょうちん | |
---|---|
監督 | 藤田敏八 |
脚本 |
中島丈博 桃井章 |
製作 | 天野勝正 |
出演者 |
高岡健二 秋吉久美子 |
音楽 | 石川鷹彦 |
主題歌 | かぐや姫「赤ちょうちん」 |
撮影 | 萩原憲治 |
編集 | 井上治 |
製作会社 | 日活株式会社 |
公開 | 1974年3月23日 |
上映時間 | 93分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
あらすじ
- 政行と幸枝(以下、この2人のことを表す場合は久米夫妻と表記)の出会い
- 沿線のアパートに一人暮らししている若者・久米政行は、ある夜出会った若い娘・幸枝からの頼みで朝までの寝床を貸すために部屋に泊める。翌朝幸枝が去った後、彼女が忘れていった封筒に金が入っているのを政行が見つけるが、職場の同僚・牟田と競馬で使い切ってしまう。その直後住んでいたアパートが取り壊しになり途方に暮れる政行だったが、封筒を取り返しに幸枝が戻ったことが縁で別のアパートで同居生活を始める。
- 1回目の引っ越し
- 政行は牟田に幸枝と結婚し2人で引っ越したことを伝えるが、アパートの近くに火葬場があり幸枝を不安にさせる。数日後、久米夫妻の部屋に以前の住人である中年男が現れ、幸枝に住む場所がないと言って彼女の優しさに甘えて居着いてしまう。後日政行は牟田とその恋人・利代子の3人で、中年男にアパートから出るよう手荒なことをして追い出そうとする。それを目撃した幸枝は気持ちが悪くなり、これ以上ここで暮らしたくないと政行に訴えて引っ越すことに。
- 2回目の引っ越し
- 牟田と利代子が住むアパートに空きができたため久米夫妻はそこに住み始め、賑やかな街での暮らしに幸枝も明るさを取り戻す。そんな矢先幸枝の妊娠が発覚するが、政行は生活費を考えるとまだ子供を育てるには早いと彼女に堕胎するように言う。利代子の店で酒に酔った政行は、誤って店のマスターの義眼を飲み込んでしまうが医者の処置により無事に吐き出す。その後久米夫妻は話し合いの末、経済的に余裕のない暮らしを覚悟して子供を産むことを決めて再び引っ越しをする。
- 3回目の引っ越し
- 数ヶ月後、のどかな土地に引っ越した久米夫妻に赤ん坊が生まれるが、病院で看護師が別の赤ん坊と取り違えるミスがあり2人を動揺させる。帰宅するとアパートの大家から、自身の赤ん坊が亡くなる前に数回だけ使った新品同様のベビーカーを譲ると言われるが、幸枝はその申し出を断る。後日偶然なのか大家が関わったかは謎だが、幸枝の周りで立て続けに騒動が起こり彼女が珍しく感情的になる。その後久米夫妻は話し合い、ここでの暮らしは赤ん坊に良くないと判断してまたもや引っ越しを決意する。
- 4回目の引っ越し
- 久米夫妻は下町に安い家を見つけてそこで暮らし始め、隣家から家族3人で引っ越してきたことを歓迎され、政行は地元の工場で働きだす。数日後、前住人のハガキが久米家に届き、政行は隣家のおばさんに前住人のことを尋ねるとこの家で一家心中したことを打ち明けられる。その夜政行は、夢にうなされた幸枝の手に以前自身が誤飲しかけた義眼が握られているのを見つけて不気味に思い、そっとそれを取り上げる。翌日、幸枝が体調を崩したことで彼女が長い間ストレスを溜め込んでいたことを、この時初めて知った政行は激しく後悔する。
キャスト
- 久米政行
- 演 - 高岡健二
- 若者(年齢は、幸枝が出産した後に「俺は22歳になった所」と言っている)。幸枝からは『まーちゃん』と呼ばれている。立体駐車場の管理人として働いている。普段から自分本位な言動をしていて、感情で突っ走った行動を取ったりデリカシーのない発言をすることがある。仕事は真面目にしているが、だらしがない性格でアパートでの生活態度はあまり良くない。結婚後も一人暮らし感覚で気ままに暮らしており、生活費に余裕があるわけでもなく家族を養うという自覚がやや足りない。競馬好き。
- 霜川幸枝
- 演 - 秋吉久美子[注 1]
- 17歳。政行と出会い間もなくして彼と結婚して幼妻となる。熊本県出身で上京後は、スーパーマーケットのレジ打ちとして働きながら故郷の祖母に仕送りをしている。未成年ということもあり考えが幼く、お人好しな性格で他人の言うことを信じやすく周りに流されやすい。赤色が好きらしく日常のファッションに赤いものを取り入れている。極度の鶏肉アレルギーで、食べることはもちろん鶏を見たり鶏の鳴き声を聞くだけで気持ちが悪くなる。頼りない政行との夫婦生活が上手くいくように彼女なりに努力する。
久米夫妻と関わる主な人たち
- 牟田修
- 演 - 河原崎長一郎
- 政行より年上の青年で職場の同僚。職場である立体駐車場の管理人室で雑誌などを読んでのんびりしたり、恋人の利代子を招き入れてイチャイチャしている。政行とはプライベートでも親しくしており、競馬や遊びなどに付き合っている。後に怪しげな男から儲け話を勧められて乗ってしまう。
- 利代子
- 演 - 横山リエ
- 牟田の恋人。牟田とは同棲生活を送っている。仕事は、居酒屋の従業員として客に酒や食事を提供している。自己主張が強く言いたいことははっきり言うタイプ。久米夫妻とは親しくしていて色々と助言しているが、気が強い性格のせいで時々行き過ぎた言動をすることがある。若くして夫婦生活を送る久米夫妻について「おままごとみたい」と言っている。
- ミキ子
- 演 - 山科ゆり
- 幸枝の職場の同僚で、友達。何度か幸枝が暮らす自宅に遊びに行っている。自身が働くスーパーに政行が時々訪れて、勤務中の自身や幸枝に話しかけることがあり、少々迷惑がっている。
- 中年男(いぬがい)
- 演 - 長門裕之
- 謎の男。本人によると保険外交員。他にも「久米夫妻が住む部屋の前の住人」、「帰る家がない」、「ガンを患っていて余命半年」などと言っているがどこまでが事実かは不明。いぬがいと名乗っているが、違う名前の名刺(本人曰く、印刷会社のミス)を使用している。久米夫妻の自宅アパートに訪れるが、そのまま居着いてしまう。
- 幸枝の兄
- 演 - 石橋正次
- 幸枝の兄。3年間連絡がつかなかったが、出産後の幸枝と再会する。幸枝によると3年前に自身(兄)が家を出たことで、当時中学生の幸枝が病弱な祖母の世話をすることになった(両親については不明)。幸枝から心配される一方、身勝手な行動を取っていることから「ろくでなし」と思われている。
久米夫妻の引越し先の大家と隣人たち
便宜上、久米夫妻が一緒に暮らし始めた住居を起点として、大家たちの名前の後に「(久米夫妻の)◯番目の自宅」として記述(2人の自宅について詳しくは後述)。
- 政行が冒頭に住んでいたアパートの管理人
- 演 - 小松方正
- 近々アパートを取り壊すことを政行に告げる。以前から再三そのことを伝えているため他の住人は既に退去しており、政行だけが居座っている状態で対応に困る。
- 深谷ウメ(一番目の自宅アパートの大家)
- 演 - 三戸部スエ
- アパートの風紀や決まり事に厳しい。根は悪い人ではないが、引っ越してきた久米夫妻がアパートの決まりをうっかりして守らないことがあり2人に注意する。本人によると、いぬがいの生命保険の受取人になったとのこと。
- 広村ヒサ子(二番目の自宅アパートの大家)
- 演 - 中原早苗
- 幸枝の部屋に訪れて今月分の家賃を催促する。自身は家賃をもらっていないと主張するが、幸枝からは「既に払ってお釣りも渡した」と言われて意見が対立する。
- オネェ言葉で話す男性
- 久米夫妻が二番目の自宅アパートに住んでいる時の向かいのアパートの住人(お向かいさん)。窓越しに毎日顔を合わすうちに幸枝と親しくなるが、政行からは少々距離を置かれている。陽気な性格で挨拶を欠かさない律儀な人で、普段から女装用の茶髪のカツラを被っている。
- 吉村クニ子(三番目の自宅アパートの大家)
- 演 - 悠木千帆(現:樹木希林)
- 自身が赤ん坊を出産した数日後に、誤って赤ん坊を窒息死させてしまった過去がある。アパートでは共同生活を重んじていてアパートの奥さん連中と仲がいいが、和を乱す人を嫌がる。登場時は秋頃でいつも赤と黒色のしま模様のショールを肩周りにかけている。
- 松崎夫妻(四番目の自宅の隣人)
- 演 - 妻・松崎文子(南風洋子)、夫・敬造(陶隆)
- 久米一家の隣人のおばさんとおじさん。久米一家が引っ越してきたことをとても喜ぶ。陽気な一家で話好きのおばさんと将棋が趣味のおじさんと長男の3人暮らし。政行に働き口を紹介してあげたり、時々空いた時間に彼の赤ん坊をあやすなど久米一家と親しく接する。
- 松崎進
- 演 - 山本コウタロー
- 松崎家の長男。工場で働いており、ほどなくして政行も同じ職場で働きだし同僚となる。政行とは同世代ということもあり休憩時間にキャッチボールしたり、一緒に飲みに行くなど親しくなる。
久米夫妻の自宅について
ここでは政行が一人暮らししていた時のアパートと幸枝との結婚後の自宅などについて記述。
- 政行が一人暮らしする冒頭のアパートは、目と鼻の先にある線路を電車が通るたびに室内が揺れ、通過音が大きいため毎回彼は耳を塞いでいる。また、建物内にトイレがないという不便な造りながらも、政行は5年間住んでいる。
- 政行と幸枝が夫婦となり住み始めた一番目の自宅は幡ヶ谷にある設定で、静かだか自宅アパートの近くに火葬場がある。火葬場のことを知ったのは住み始めてからで、政行が夜勤をする夜は幸枝が1人で寝るのを気味悪く感じている。
- 二番目の自宅は新宿区柏木にあるアパートの設定で、都会的で人口密度の高い場所にあり、牟田と利代子が同棲生活を送るアパートでもある。このアパートと向かいのアパートはかなり至近距離にあり、作中では政行が自身の部屋からお向かいさんの部屋にジャンプして直接侵入するシーンがある。
- 三番目の自宅は、のどかな土地で落ち着いた感じのアパートである。これまでの単身者向けアパートとは違い夫婦や親子連れが住んでいる。出産間近の幸枝が政行と2人で住み始め、出産を経て赤ん坊との3人で暮らすことになる。
- 四番目の自宅は下町・葛飾区にある設定で、民家が集まる場所にあり、一軒家風の家。実際は長屋のように中は壁で仕切られていて共有部分はなく、玄関が2つあり二世帯(久米一家と隣人の松崎家)がそれぞれに生活をしている。
スタッフ
- 監督 - 藤田敏八
- プロデューサー - 岡田裕
- 脚本 - 中島丈博、桃井章
- 製作担当者 - 天野勝正
- 撮影 - 萩原憲治
- 美術 - 山本陽一
- 色彩計測 - 鈴木耕一
- 録音 - 紅谷愃一
- 照明 - 川島晴雄
- 編集 - 井上治
- 助監督 - 長谷川和彦
- 音楽 - 石川鷹彦
- 現像 - 東洋現像所(現:株式会社IMAGICA)
- 製作 - 日活株式会社
主題歌
製作
『神田川』の映画化の際、日活と東宝から正式に話があり[1][2][3]、松竹も松坂慶子・近藤正臣主演、山田洋次脚本、森崎東監督、または『同棲時代』をヒットさせた山根成之監督で構想し[4]、映画関係者の間では、歌謡映画では1964年の『こんにちは赤ちゃん』以来の競作になるのではと言われた[4]。
日活サイドは藤田敏八監督で、客層を拡げるべく成人指定のないロマンポルノとして映画化を打診し[1][4]、本作の助監督・長谷川和彦が熱心に交渉に訪れていたため、かぐや姫の担当ディレクタークラウン・田中迪らは、日活での映画化を希望していたが[1]、「神田川」の作詞家・喜多条忠が勝手に東宝と契約してしまった[1]。田中は日活に申し訳ないという気持ちがあり、長谷川に次のシングル用に考えているいい曲があるので「こちらでどうでしょうか」と「赤ちょうちん」を聴かせたら、長谷川が気に入り、本作の日活での映画化が決まった[1]。この後、次の曲(「妹」)も日活で映画化する話がかぐや姫とは無関係のところで決まった[2][3]。これら一連の映画化交渉に於いて、曲の作曲者である南こうせつやかぐや姫には一言の説明もなく[2][3]、「参考意見として聞いてくれ」と主張しても「お前たちは映画には関係ない」と却下された[2]。南は「神田川」の次のシングルには「なごり雪」を考えていたが[2]、これも事務所(ユイ音楽工房)とレコード会社の約束で「赤ちょうちん」に決められた[2]。南は「かぐや姫が売れ過ぎて周りの大人たちが色めきだっておかしなことになってしまった」[2]、「まだ曲も出来てないのに、何の相談もなく、2弾、3弾って」などと[3]、芸能界に対する不信が募り、かぐや姫の解散を早めたと話している[3]。
脚注
注釈
- ^ 本作のOPに流れるテロップでは、苗字の“吉”の上の部分が“士”ではなく“土”を使った漢字で表記されている。
出典
- ^ a b c d e f 富澤一誠『青春のバイブル 魂を揺さぶられた歌』シンコー・ミュージック、2009年、63頁。
- ^ a b c d e f g 南こうせつ (2017年8月21日). “[時代の証言者] 青春のフォーク 南こうせつ(20) 『赤ちょうちん』複雑な思い”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 7
- ^ a b c d e “南こうせつ、ロング・インタビュー”. MUSIC GUIDE. ページワン (2021年). 2021年10月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月11日閲覧。
- ^ a b c 「邦画新作情報」『キネマ旬報』1974年1月下旬号、キネマ旬報社、174–175頁。