東宝千一夜
東宝千一夜 とうほうせんいちや | |
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A Thousand and One Nights with Toho | |
当時のポスター | |
監督 | 構成 中村福(市川崑) |
脚本 | 中村福 |
原作 | 島耕二 |
製作総指揮 | 岩下宏一 |
出演者 |
山根寿子 藤田進 |
音楽 | 鈴木静一 |
撮影 |
三村明 照明 藤林甲 特殊効果 円谷英一 |
製作会社 | 新東宝映画製作所 |
配給 | 東宝 |
公開 | 1947年2月25日 |
上映時間 | 61分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
『東宝千一夜』(とうほうせんいちや)は、1947年(昭和22年)に新東宝映画製作所(のちの新東宝)製作、東宝配給、市川崑監督による日本の長篇劇映画である。「新東宝」結成第1作として知られる。
略歴・概要
第二次世界大戦終戦後、1年が経過した1946年(昭和21年)11月、東宝争議がこじれ、このままでは映画の製作ができないと、組合を脱退した俳優・大河内傳次郎、長谷川一夫、入江たか子、山田五十鈴、藤田進、黒川弥太郎、原節子、高峰秀子、山根寿子、花井蘭子が「十人の旗の会」を結成、同様に組合を脱退した監督らスタッフが、東宝第二撮影所に設立したのが、新東宝の前身、新東宝映画製作所である。本作は、同製作所の第1回作品であり、東宝が本作を配給した。
「十人の旗の会」から本作に出演したのは、主演の山根寿子、藤田進のほか、大河内傳次郎、長谷川一夫、山田五十鈴、黒川弥太郎、高峰秀子の7人であった。構成と演出をした「中村福」は市川崑の変名で、市川はすでに1945年(昭和20年)に東宝教育映画で短篇映画を監督していたが、GHQの検閲のため公開されず、本作の次に監督した長篇劇映画『花ひらく』(1948年)が監督デビュー作とされる。
黒澤明の監督デビュー作『姿三四郎』(1943年)のスタッフから、撮影にはハリー三村こと三村明、音楽には鈴木静一が参加、マキノ正博監督の『昨日消えた男』(1941年)の照明技師藤林甲、山本嘉次郎監督の『ハワイ・マレー沖海戦』(1942年)に、三村や鈴木とともに参加した美術デザイナーの北猛夫、録音技師は、本作の前作ともいえる谷口千吉監督の『東宝ショウボート』(1946年)に三村、鈴木、北とともに参加した村山絢二であった。美術の北と特殊効果の円谷英一が、新東宝作品に関わったのは、本作が最初で最後であった[1]。ほかのスタッフは新東宝の初期作品を支えた。
本作公開後の同年3月25日、同製作所は、株式会社新東宝映画製作所として正式に設立された。同日、渡辺邦男の監督による同製作所の第2作、『さくら音頭 今日は踊って』が東宝配給によって公開された。
スタッフ・作品データ
- 構成・脚本・演出 : 中村福 (市川崑)
- 原作 : 島耕二
- 撮影 : 三村明
- 音楽 : 鈴木静一
- 美術 : 北猛夫
- 録音 : 村山絢二
- 照明 : 藤林甲
- 特殊効果 : 円谷英一
- プロデューサー : 岩下宏一
- 製作 : 新東宝映画製作所
- 形式 : 白黒映画 - 35ミリフィルム(1.37:1) - モノラル録音
- ジャンル : 長篇劇映画
- 上映時間 : 61分
- 製作国 : 日本
- 言語 : 日本語
- 配給 : 東宝
- 公開 : 1947年2月25日
キャスト
- 山根寿子 : 山根君
- 藤田進 : 藤田一
- 田中春男 : 黒ソフト帽の男A
- 清川荘司 : 黒ソフト帽の男B
- 鳥羽陽之助 : 髭の守衛
- 黒川弥太郎 : 白川弥太郎
- 高峰秀子 : 高山秀子
- 中村彰 : 中村君
- 江見渉 : 田中君
- 一ノ宮敦子 : 女優Y
- 宮川五十鈴 : 女優K
- 香山みち子 : 女優T
- 汐見洋 : 演出家
- 川部守一 : 助監督
註
- ^ 北猛夫 / 円谷英一、日本映画データベース。