幻想曲D940
幻想曲 ヘ短調(げんそうきょく へたんちょう、独: Fantasie f-Moll )作品103、D940は、フランツ・シューベルトが死去の年、1828年に作曲したピアノ連弾曲。シューベルトの数多い4手ピアノ曲の中でも、とりわけ印象深い晩年の傑作として、多く演奏されている。
概要
シューベルトは1818年夏、ツェレス(ウィーンの東480km、現在はスロヴァキアのジェリエゾフツェ)に滞在するハンガリーの貴族エステルハージ伯爵一家の音楽教師として雇われ、2人の娘マリーとカロリーネにピアノを教える。更に1824年の5月にもエステルハージ伯爵から招聘され、夏別荘のピアノ教師を務める。この2度の滞在を通じて、シューベルトは妹のカロリーネ(1824年当時18歳)に強い恋心を抱いてしまい、「かなわぬ恋」の思いを込めてこの曲を作り、1828年の発表時にカロリーネに献呈している。
初演
初演は1828年5月9日、友人のバウエルンフェルトのための私的演奏として行われた。シューベルト自身と、友人の作曲家・指揮者フランツ・ラハナーとの連弾による。
曲の構成
単一楽章だが、全体は大きく4つの部分で出来ていて、4楽章の曲を通して演奏する、という見方もある。全曲で571小節。演奏時間は約16 - 19分。[1]
- アレグロ・モルト・モデラート (Allegro molto moderato) ヘ短調 4/4拍子 120小節
- ソナタ形式の提示部に当たり、繰り返しあり。
- ラルゴ (Largo) 嬰ヘ短調 4/4拍子 43小節
- ソナタ形式の展開部前半に当たる。
- アレグロ・ヴィヴァーチェ (Allgro vivace) 嬰ヘ短調 3/4拍子 275小節
- ソナタ形式の展開部後半に当たると同時に「スケルツォとトリオ」でもある。
- テンポ・プリモ(アレグロ・モルト・モデラート) (Tempo I (Allegro molto moderato)) ヘ短調 4/4拍子 133小節
- ソナタ形式の再現部であると同時に、提示部第2主題の変奏曲⦅主題と14の変奏⦆にもなっている。終曲直前に経過的にヘ音とホ音が半音で衝突するなどの苦々しい不協和音が現れるが、サブドミナントの付加六の和音を経て静かに主和音に終結する。
楽譜
曲の評価
音楽学者・評論家の前田昭雄は著書『シューベルト』で「今までに書かれたピアノ連弾のためのあらゆる作品のうちで、最も深いものを湛えた傑作」と評価している。(新潮文庫・カラー版 作曲家の生涯 P.157)[4]
主な録音
- ヴィドゥヤ・ヴロンスキ & ヴィクトル・バビン、録音:1956年 (16'37")
- アルフレッド・ブレンデル & イヴリン・クロシェ、録音:1962年 (19'48")
- スヴャトスラフ・リヒテル & ベンジャミン・ブリテン、録音:1965年6月22日 (17'15")[5]
- レオニード・ハムブロ & ヤッシャ・ザイデ、録音: 年 (13'58")[6]
- ヴラスティミル・レジセック & ヴェラ・レジスコヴァ、録音:1975年(17'01")
- エリック・ハイドシェック & ターニャ・ハイドシェック(ハイドシェック夫妻)、録音:1975年(19'53")
- エミール・ギレリス & エレナ・ギレリス(ギレリス父娘)、録音:1978年 (18'24")
- クリストフ・エッシェンバッハ & ユストゥス・フランツ、録音:1978年1-2月 (18'34")
- アンヌ・ケフェレック & イモージェン・クーパー、録音:1979年 (19'06")
- アンドラーシュ・シフ & イムレ・ローマン、録音:1979年 (18'25")
- アロイス・コンタルスキー & アルフォンス・コンタルスキー(コンタルスキー兄弟)、録音:1980年 (18'15")
- 井上直幸 & 竹内啓子、録音:1982年7月
- マレイ・ペライア & ラドゥ・ルプー、録音:1984年6月21-26日 (19'18")
- マリア・ジョアン・ピレシュ & フセイン・セルメット、録音:1987年9月
- ギュヘル・ペキネル & ジュヘル・ペキネル(ペキネル姉妹)、録音:1989年(19'31")
- ナディーヌ・パルミエ & ジョエル・リガル、録音:1990年10月 (18'08")
- コスモ・ブオーノ & デーヴィッド・ブラッドショー、録音:()
- ヤアラ・タール & アンドレアス・グロートホイゼン、録音:1993年 (19'13")
- デュオ・クロムランク(パトリック・クロムランク & 桑田妙子)録音:1994年2月6-9日 (17'13")
- クリスティアン・イヴァルディ & ノエル・リー、録音:1996年
- レンティ・ピアノ・デュオ(マリー・アン・レンティ & トニー・レンティ)、録音:1996年
- ケルン・ピアノ・デュオ(エルズビエタ・カルヴェラージ & ミヒャエル・クリュッカー)、録音:1996年4月23-25日 (15'56")
- マルコム・ビルソン & ロバート・レヴィン、録音:1996年12月 (19'11")
- 浅原依子 & マッツ・ヤンソン(ヤンソン=浅原夫妻)、録音:1996年12月19-21日 (18'50")
- クレール・デゼール & エマニュエル・シュトロッセ、録音:1997年1月21-27日(19'31")
- ブラーチャ・イーデン & アレクサンダー・タミール、録音:1998年(19'21")
- イェネー・ヤンドー & ジュジャ・コラール、録音:1998年4月 (17'06")
- アレクサンドル・タロー & シュ・シャオ=メイ、録音:2002年
- リコ・グルダ & クリストファー・ヒンターフーバー、録音:2002年5月(19'15")
- マリア・ジョアン・ピレシュ & リカルド・カストロ、録音:2004年5月 (18'50")
- エフゲニー・キーシン & ジェームズ・レヴァイン、録音:2005年5月1日(18'45")[7]
- カーチャ・ラベック & マリエル・ラベック(ラベック姉妹)、録音:2007年1月(20'30")
- パウル・バドゥラ=スコダ & イェルク・デームス、録音:2007年10月(8'56"+?)[8]
- ランラン & マーク・ユー、録音:2008年(19'54")[9]
- イモージェン・クーパー & ポール・ルイス、録音:2009年6月(21'03")[10]
- デュオ・イケダ(池田珠代 & パトリック・ジグマノフスキー 夫妻)、録音:2009年
- セルゲイ・クズネツォフ、録音:2011年3月27日(18'28")[11]
- アルトゥール・ユッセン & ルーカス・ユッセン(ユッセン兄弟)、録音:2011年7月(19'00")[12]
- イスマエル・マルゲン & ギョーム・ベロン、録音:2012年7月
- マルタ・アルゲリッチ & エドアルド・デルガード、録音:2012年10月25日(18'56")[13]
- マリア・ジョアン・ピレシュ & ジュリアン・リベール、録音:2014年1月28日(18'08")[14]
- フィリップ・カサール & セドリック・ペシャ、録音:2014年2月
- ジュリアス・ジョンウォン・キム & ドン・ヘク・リム、録音:2014年4月16日(18'32")[15]
- 管弦楽版
- レオン・ボットスタイン指揮/アメリカ交響楽団、録音:1994-5年
- オーストリアの名指揮者フェリックス・モットルによる管弦楽編曲。
- ティエリー・フィッシャー指揮/ オランダ放送室内管弦楽団、録音:1999年4月20日 (19'29")
- オランダの名指揮者ウィレム・ファン・オッテルローは、この曲を1940年と1952年の2度にわたって管弦楽編曲している。上記フィッシャー盤は、1952年版による録音。
- 弦楽六重奏版
- ハイペリオン・アンサンブル、録音:2008年10月18-19日(18'06")[16]
- フィルミアン・レルマー Firmian Lermer (ハイペリオンEns.のヴィオラ奏者)による弦楽六重奏への編曲版。
- 八重奏版
- スイス八重奏団(シュヴァイツァー・オクテット)、録音:2012年2月18-20日(19'06")
- パウル・シャーフ Paul Scharf(スイス八重奏団の第2ヴァイオリン奏者)による八重奏(ヴァイオリン2丁とヴィオラ、チェロ、コントラバス、クラリネット、ファゴット、ホルン)への編曲版。
脚注
- ^ 現在、CDやインターネットで聴ける最短の演奏は、ケルン・ピアノ・デュオの 15'56"(録音:1996年4月23-25日 アルテ・ノヴァ 74321 43326 2)が、最長の演奏は、イモージェン・クーパー & ポール・ルイスの 21'03"(録音:2009年6月 YouTubeで視聴可能 https://www.youtube.com/watch?v=_ajgpW9c9v4 )が、挙げられる。
- ^ ISBN-10: 4636002008//ISBN-13: 978-4636002003
- ^ ISBN-10: 4111070213//ISBN-13: 978-4111070213
- ^ ISBN-10: 4101272115//ISBN-13: 978-4101272115
- ^ 作曲家・指揮者ブリテンが主催するオールドバラ音楽祭におけるライヴ演奏。
- ^ ハロルド・バウアーが2台ピアノ用に編曲したもので、やや短縮されているため、演奏時間を同列には比較できない。旧・ウエストミンスター原盤。
- ^ 2台ピアノ版による演奏。
- ^ 往年の名デュオのパリ8区、サル・ガヴォーにおける演奏。何故か曲の前半のみが、YouTubeにアップされている。https://www.youtube.com/watch?v=Dp8W7pSTBmw なお、バドゥラ=スコダが2012年11月19日、東京・表参道で開いたリサイタルのアンコールで、客席にいたデームスが飛び入り参加し、この曲の第1楽章を連弾する、というサプライズがあった。
- ^ ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホールにおける演奏。マーク・ユーは、この当時9歳。CDは無く、YouTubeで視聴出来る。https://www.youtube.com/watch?v=hp41S7s-ifk
- ^ ロンドン、キングス・プレースにおける演奏。CDは無く、YouTubeで視聴出来る。https://www.youtube.com/watch?v=_ajgpW9c9v4
- ^ 原曲のデュオ(4手)を一人用(2手)に、クズネツォフ自身が編曲した演奏。モスクワ・コンセルヴァトワール・小ホール。CDは無く、YouTubeで視聴出来る。https://www.youtube.com/watch?v=0V4ZY4CUl2I
- ^ CDはドイツ・グラモフォン 480 5645(国内盤 UCCG-1623/4) だが、これと別に、アムステルダムでの短縮版によるライヴ演奏が、YouTubeで視聴出来る(11'35")。https://www.youtube.com/watch?v=iilRVyRGH6c
- ^ アルゼンチン、ロサリオ市、テアトロ・エル・シルクロにおける演奏。CDは無く、YouTubeで視聴出来る。https://www.youtube.com/watch?v=NLAYqhxWiGk#t=130
- ^ ベルギー、ブリュッセル、ボーザール・パレスにおける演奏。CDは無く、YouTubeで視聴出来る。https://www.youtube.com/watch?v=UruWMxY2OF4
- ^ ソウル、LGアート・センターにおける演奏。CDは無く、YouTubeで視聴出来る。https://www.youtube.com/watch?v=0umOJhlVRYE
- ^ CDのトラック5、6、7は、順に、6'46"/6'25"/4'55" で、合計18'06" 。CDジャケットやケース裏に21'16" とあるのは誤記と思われる。
備考
映画『未完成交響楽』では、シューベルトがカロリーネの前で「交響曲ロ短調」をピアノ演奏しようとして完奏を果たせず、未完成の曲の譜面に「わが恋の成らざるが如く、この曲もまた終わらじ」と記して「未完成交響曲」となった、というフィクションを展開し、悲恋の涙を誘ったが、実際は、この『幻想曲ヘ短調』こそがカロリーネへの思慕作である。