エミール・ギレリス

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エミール・グリゴリエヴィチ・ギレリスロシア語: Э́миль Григо́рьевич Ги́лельс、ラテン文字転写例: Emil Grigoryevich Gilels、1916年10月19日ユリウス暦では10月6日) - 1985年10月14日)は、ソビエト連邦ロシアピアニスト20世紀を代表する世界的奏者の一人である。西側で自由に活動することをソ連政府から許された最初の芸術家だった。ロシアの自宅では、アップライトピアノで練習していたといわれている。日本にも何度か来訪した。妹のエリザヴェータはレオニード・コーガンの妻。また、娘のエレーナもピアニストで、父娘で4手ピアノ(連弾や2台ピアノ)デュオの録音を多く残している。

「鋼鉄のタッチのピアニスト」と呼ばれた。苗字はHilelsとラテン文字転写される場合がある。

略歴[編集]

受賞歴[編集]

ソ連政府からは、1946年にはスターリン賞、1961年と1966年にはレーニン勲章、1962年にはレーニン賞をそれぞれ受賞している。

レパートリーなど[編集]

ギレリスは、鋼鉄のタッチと通称される完璧なテクニックに加えて甘さを控えた格調高い演奏設計で非常に評価が高い。バロック時代のスカルラッティバッハ、ロマン派のシューマンブラームス、さらにはドビュッシーバルトークプロコフィエフといった20世紀音楽に至るまで幅広いレパートリーを持っていた。プロコフィエフからはピアノソナタ第8番を献呈され、1944年12月29日にはこの作品を初演してもいる。とりわけベートーヴェンの解釈と演奏においては、骨太で男性的な演奏で「ミスター・ベートーヴェン」と呼ばれるほどであった。

晩年には骨太な表現が鳴りを潜め、力を抑えた枯淡の境地と言える表現に変わっていった。ドイツ・グラモフォンレーベルにベートーヴェンのピアノソナタの録音が進行中だった。その死によって、全集は完成されずに終わったが、ギレリスの晩年の境地を示す録音である。また、ベートーヴェンのピアノ協奏曲についてはクルト・マズアおよびジョージ・セルの指揮との共演で全集が発売されており、特にセルと組んだ全集はオーケストラの好伴奏もあって素晴らしい出来であり、録音の悪さを除けば同曲の代表盤と言って差し支えない。

また、ドイツ・グラモフォンに録音されたブラームスのピアノ協奏曲第1、2番(オイゲン・ヨッフム/ベルリン・フィル)も、やはり同曲の代表的名盤と呼ばれている。