学校法人学習院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。MystBot (会話 | 投稿記録) による 2012年2月16日 (木) 15:01個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (r2.7.1) (ロボットによる 変更: ko:가쿠슈인)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

学校法人学習院(がっこうほうじんがくしゅういん)は日本の学校法人

概要

起源は、仁孝天皇が、1847年京都御所内に設けた教育機関「学習所」。

その後、華族のための学校として、1877年に神田錦町にて開校。学校法人学習院ではこの年を学習院の設立年としている。

1884年には官立学校となるが、戦後官制が廃止され財団法人学習院を経て、学校法人学習院となり私学として継続することとなった。

学校法人学習院が設置している諸学校

大学

高等学校

中学校

小学校

幼稚園

沿革

学習院大学学習院高等科学習院中等科学習院幼稚園等、関連項目も参照

  • 1947年(昭和22年) 学習院学制女子学習院学制廃止により、財団法人学習院となる。中等科・女子中等科を開設。
  • 1948年(昭和23年) 新制学習院高等科・学習院女子高等科を開設する。
  • 1949年(昭和24年) 学習院大学設置。中等科を戸山町に移転する。
  • 1950年(昭和25年) 旧制学習院高等科を廃止する。
  • 1951年(昭和26年) 財団法人から学校法人となる。
  • 1957年(昭和32年) 中等科目白に移転する。
  • 1963年(昭和38年) 学習院幼稚園を設置する。学習院創立八十五周年記念式典を挙行する。
  • 1977年(昭和52年) 明治10年より数えて創立100周年を迎える。
  • 1978年(昭和53年) 学習院創立百周年記念式典を挙行する。
  • 1998年(平成10年) 学習院女子短期大学を改組して学習院女子大学を開設する。
  • 1999年(平成11年) 学習院生涯学習センターを設置する。
  • 2001年(平成13年) 女子短期大学を廃止する。
  • 2002年(平成14年) 学習院創立百二十五周年記念式典を挙行する。

歴代学習院院長一覧

官立学校時代の学習院の歴代院長は学習院の当該節を参照
氏名 就任時期 備考
第18代 安倍能成 1946年 - 1966年 文部大臣、哲学者
第19代 麻生磯次 1966年 - 1970年 元東京大学教養学部長、国文学者
第20代 櫻井和市 1970年 - 1981年 元学習院大学文学部教授、ドイツ文学者
第21代 磯部忠正 1981年 - 1987年 元学習院大学文学部教授、哲学者
第22代 内藤頼博 1987年 - 1993年 裁判官、弁護士、信州高遠藩内藤氏当主、元子爵
第23代 島津久厚 1993年 - 2002年 実業家、都城島津氏当主、元男爵
第24代 田島義博 2002年 - 2006年 元学習院大学経済学部教授、経済学者、経営学者
第25代 波多野敬雄 2006年 - 現職 元国連大使、前学習院女子大学学長

外郭団体

皇室と学習院

創立の経緯から、皇族の多くが幼稚園から大学までを過ごす学園として全国的に知られている。

かつては皇族というと学習院に入ることが不文律となっていたが、近年では学習院に入学しない皇族もみられるようになった。

承子女王早稲田大学へ、絢子女王城西国際大学へ、眞子内親王国際基督教大学へ、悠仁親王お茶の水女子大学附属幼稚園へ進学するなど2008年以降で4名も学習院以外を進学先にしたことに加え、愛子内親王不登校騒動の発生に伴いテレビメディアや週刊誌などで学習院離れが取り上げられるようになった。

これに関して、学習院長の波多野敬雄は、「学習院は宮さまに適した学校であるし、そうであり続けなければならない。しかし、個々の宮さまにはそれぞれの希望があり、ご家庭の教育方針もあるから、私の方から『学習院にきていただきたい』とお願いはしない」とコメントしている[1]

脚注

外部リンク