学習院中・高等科
| 学習院中・高等科 | |
|---|---|
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人学習院 |
| 設立年月日 | 1877年10月 |
| 共学・別学 | 男子校 |
| 中高一貫教育 | 併設型 |
| 課程 | 全日制 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 13560H |
| 所在地 | 〒050-0072 |
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東京都豊島区目白一丁目5番1号
北緯35度43分7.8秒東経139度42分40.7秒 |
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| 外部リンク | 公式サイト(中等科) 公式サイト(高等科) |
学習院中・高等科(がくしゅういんちゅう・こうとうか)は、東京都豊島区目白一丁目に所在する私立中学校・高等学校。学習院中・高等科は略称であり、正式には中等科と高等科に分かれている。
目次 |
[編集] 概要
1877年、主として華族子弟のための学校として開校された、120余年の歴史を有する伝統校である。1947年に宮内省管轄を離れ、私立学校となる。財団法人学習院を経て、1951年に学校法人学習院となり現在に至る。
なお、現在の学習院高等科は旧制学習院中等科の系譜を継ぐ教育機関である。学制改革以前にも同名の旧制学習院高等科という教育機関が存在したが、旧制高等科は学習院大学に改組されている点から、旧制と新制の学習院高等科は、全く別の教育機関である。旧制高等科は高等教育課程を担っていたのに対し、新制高等科は後期中等教育を実施する。
課外活動としてはクラブ活動を推奨しており、陸上ホッケー部が2005年に29年ぶりにインターハイに出場するなど全国大会に出場するクラブもある。他には漕艇部[1](ボート部)などがインターハイに出場する機会が多い(漕艇部は1990年にはシングルスカル(一人乗り)でインターハイの決勝へ進出している。)。2006年は漕艇部が近畿総体(インターハイ)へ出場し、準々決勝に進出した。2007年も漕艇部はインターハイに出場し準々決勝に進出した。
[編集] 学校の特色
都内では有数の広大な校地と各種施設を有し、緑豊かな自然に囲まれた教育環境である。学習院全体の大きな教育目標である「ひろい視野」「たくましい創造力」「ゆたかな感受性」の実現を目指し、中等科・高等科とで中高一貫教育を行っている。
ただし、校則の厳しい初等科や中等科に比べ、高等科は義務教育の修業年限を終えた者たちの集まりの場と位置づけられており、個性や可能性の芽を存分に発揮できる環境を実現するため、学生の行動については本人の自己責任を重んじる方針が採られている。よって、世間で想像されているよりも遥かに自由な校風である(例:金髪、パーマ、ピアスは問題とされない)。
[編集] 沿革
- 1877年 - 華族学校学則制定。神田錦町にて開業式を挙行し、天皇皇后親臨、勅諭・令旨を賜わり、あらためて「学習院」の勅額を下賜される。
- 1884年 - 宮内省所轄の官立学校となる。
- 1888年 - 学習院は麹町区三年町(虎ノ門)の旧工部大学校跡に移転する。
- 1890年 - 四谷区尾張町に移転する。
- 1908年 - 東京府下高田村(目白)に移転する。
- 1919年 - 学習院の高等学科を高等科に改める。
- 1945年 - 学習院・女子学習院に関する官制廃止される。
- 1947年 - 財団法人学習院による新しい経営が始まり、学習院は一体として私立学校となる。新制学習院中等科が発足。
- 1948年 - 新制学習院高等科を開設する。
- 1951年 - 学校法人学習院となる。
[編集] 年間行事
- 4月
- 入学式
- 始業式
- クラブ紹介
- ホームルーム
- ガイダンス
- 健康診断
- オール学習院の集い
- 5月
- 中間考査
- 教育実習
- 6月
- 対筑波大附属高等学校定期競技大会
- 1896年より行われている学習院高等科、学習院女子高等科、筑波大学附属高等学校の運動部を中心とした総合定期戦。運動部に所属していない生徒も、一般種目に参加することができる。学習院では「附属戦」、筑附では「院戦」の名で親しまれている。
- 観劇
- 鳳櫻祭実行委員長選挙
- 7月
- 期末考査
- ボート大会
- 特別講義
- 終業式
- 9月
- 始業式
- 3年第1回実力考査
- 過去は八幡平移動教室として岩手県松尾村の学習院八幡平校舎に宿泊し、岩手山を登山していた。しかし、松尾校舎の老朽化もあり2005年に中止。
- 10月
- 院内大会
- 学校説明会
- 中間考査
- 2年生沖縄研修旅行
- 11月
- 鳳櫻祭(文化祭)
- 次年度選択説明会
- 総務委員長選挙
- 12月
- 期末考査
- 3年柔道納会
- 講道館において3年生のクラス対抗で行われる柔道大会。
- 終業式
- 1月
- 始業式
- 3年第2回実力考査
- 2月
- 3年期末考査
- 中等科入試・高等科入試
- マラソン大会
- 大学推薦入学内定
- 3月
- 期末考査
- 1年スキー教室
- 終業式
- 卒業式
[編集] 部活動
[編集] 運動部
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[編集] 文化部
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[編集] 同好会
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[編集] 中等科の認可団体
- 数学研究会
- 弦楽研究会
[編集] 進路
[編集] 高等科への内部進学
中等科から高等科へは約95%が推薦で進学する。中等科3年時までの学業成績、操行、出席日数が基準となる。例年約200名中数名が成績で基準を満たすことができず高等科非推薦となる。また高等科推薦を辞退して慶應、早稲田、国立大学附属高に進学するものも数名いる。
[編集] 学習院大学への内部進学
[編集] 進学基準
高等科での学業成績、実力試験、学科が指定する科目の成績、出席や態度を加味する。 成績については、3年次の学業成績の平均点が60点以上で、50点に満たない科目が3年次2科目以内であり、実力試験において平均40点以上であることが基準である。 2年次までの学業成績は、平均点が一定の点数を切る場合に限り、借点として3年次の学業成績の平均点から減算されるが、基本的に影響はない。 また、3年次の学業成績の平均点と実力試験の平均点の和が120点以上あれば、ほぼ確実に希望の学科に進学できる。 しかし、出席や態度・素行(懲戒を受けるなどの非行)によっては上記の点数に関係なく、推薦を受けられないことがある。
[編集] 実力試験
学習院大学に進学を希望する者は全員、受験しなければならない。(他大学に進学を希望する者も、9月の試験は受験する) 3年次の9月と1月の2回、行われる。1回目は高等科・女子高等科それぞれ単独で、2回目は女子高等科と共通の試験を受験する。 実力試験における平均40点の要件は2回とも満たす必要はなく、つまり、2回分を合算して80点であればよい。(各回平均点の小数点第一位は四捨五入された上で算出された2回の平均点でさらに小数点第一位を四捨五入して40点を満たせばよいため、39.5点が最も効率の良い点のとり方となる。ex)39.5点と38.5点が最も効率がよい)
[編集] 他大学への外部進学
11月下旬に学習院大学推薦辞退届を提出する。これは撤回できない。そのため、受験の結果によっては内部進学を後から選択するなどということはできない。しかし、近年普及してきているAO入試のうち、合否が11月下旬までに判明するものについては、たとえ不合格であったとしても内部進学を選択することができることになった。
[編集] 進学状況
高等科から学習院大学へはおよそ6割程度が進学を希望している。各学科には定員があるが、大部分の生徒は希望する学科への進学ができている。 法学部、経済学部に進学する者が多数である。 学習院大学以外の主な進学先に、東京大学、早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学などがある。
[編集] 主な出身者
[編集] 皇室関係
[編集] 現皇室
[編集] 旧宮家
- 久邇宮邦彦王 / 旧制中等科出身
- 梨本宮守正王 / 旧制中等科出身
- 久邇宮朝融王 / 旧制中等科出身
- 朝香宮鳩彦王 / 旧制中等科出身
- 久邇邦昭 / 旧制中等科卒
- 北白川道久 - 霞会館理事 / 新制高等科卒
[編集] その他
- 近衛文麿 - 内閣総理大臣 / 旧制中等科卒
- 近衛秀麿 / 旧制中等科卒
- 徳川家正 / 旧制中等科卒
- 甘露寺受長 / 旧制中等科卒
- 松平慶民 / 旧制中等科卒
- 松平恒雄 / 旧制中等科卒
- 木戸幸一 - 内大臣 / 旧制中等科卒
- 石橋思案 - 作家 / 旧制中等科卒
- 志賀直哉 - 作家 / 旧制中等科卒
- 三島由紀夫 - 作家 / 旧制中等科卒
- 武者小路実篤 - 作家 / 旧制中等科卒
- 柳宗悦 - 工芸家、美術評論家 / 旧制中等科卒
- 瀬川昌治 - 映画監督 / 旧制中等科卒
- 山県三郎 - 台湾総督府内務局長、栃木県知事。内務省官僚 / 旧制中等科卒
- 石渡荘太郎 - 大蔵次官、内閣書記官長、宮内・大蔵各大臣 / 旧制中等科卒
- 仙石政敬 - 賞勲局・宗秩寮総裁、諸寮頭。貴族院・宮内省官僚 / 旧制中等科卒
- 堀田正昭 - 外務省欧米局長、駐伊大使、ジュネーブ海軍軍縮会議全権委員随員 / 旧制中等科卒
- 谷田勇 - 陸軍中将、第8方面軍通信隊司令官(ラバウル)、技術本部第2部長 / 旧制中等科卒
- 住山徳太郎 - 海軍中将 / 旧制中等科卒
- 大河内正敏 - 理化学研究所長、東京物理学校長 / 旧制中等科卒
- 高木八尺 - 東京大学名誉教授 / 旧制中等科卒
- 横田正俊 - 最高裁判所長官 / 旧制中等科卒
- 犬養健 / 旧制中等科卒
- 西郷吉之助 / 旧制中等科卒
- 田中銀之助 / 旧制中等科卒
- 南郷茂章 - 海軍少佐、海兵55期 / 日華事変のヒーロー、1938年7月戦死 / 旧制中等科卒
- 弘世現 - 日本生命保険社長 / 旧制中等科卒
- 渡辺仁 - 建築家 / 旧制中等科卒
- 肥田金一郎 - 実業家 / 旧制中等科卒
- 近衛忠輝 - 現近衞家当主、日本赤十字社社長 / 新制高等科卒
- 細川護煕 - 第79代内閣総理大臣 / 新制高等科卒
- 安西邦夫 - 東京ガス会長 / 新制高等科卒
- 麻生太郎 - 第92代内閣総理大臣/ 新制高等科卒
- 亀井久興 - 衆議院議員 / 新制高等科卒
- 黒田慶樹 - 東京都職員 / 新制高等科卒
- 巽孝之 - 米文学者、SF評論家 / 新制高等科卒
- 林秀彦 - 評論家 / 新制高等科卒
- 舟崎克彦 - 児童文学作家・作家 / 新制高等科卒
- 藤島泰輔 - 小説家 / 新制高等科卒
- 能見善久 - 学習院大学教授、民法学者 / 新制高等科卒
- 蓮實重彦 - 元東京大学総長、映画評論家 / 新制高等科卒
- 角野卓造 - 俳優 / 新制高等科卒
- 鮎貝健 - 俳優・ディスクジョッキー / 新制高等科卒
- 福田貞男 - サッポロビール社長 / 新制高等科卒
- 千聖 - ロックバンドPENICILLIN・ギタリスト / 新制高等科卒
- 萩谷順 - 法政大学教授、元朝日新聞論説委員 / 新制高等科卒
- 森下知哉 - フジテレビアナウンサー / 新制高等科卒
- 永山耕三 - フジテレビプロデューサー / 新制高等科卒
- 柴田光太郎 - 元中・高等科英語教諭、俳優・タレント / 新制高等科卒
- 小野塚康之 - NHKアナウンサー / 新制高等科卒
- 太田雅英 - NHKアナウンサー / 新制高等科卒
- 谷田邦彦 - オセロ最年少世界チャンピオン・機長 / 新制高等科卒
- 鷹司尚武 - 実業家 / 新制高等科卒
- 德川恒孝 - 徳川宗家十八代目当主・徳川記念財団理事長 / 新制高等科卒
- 徳川家広 - 翻訳家 / 新制高等科卒
- 村上健人 - 映画プロデューサー / 新制高等科卒
- 柳井俊二 - 外務事務次官、駐米大使、中央大法教授、ITLOS判事 / 新制高等科卒
- 一條實昭 - 弁護士、アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー、元日弁連「自由と正義」誌編集委員会委員長 / 新制高等科卒
- 河野博文 - 元資源エネルギー庁長官 / 新制高等科卒
- 岩城宏之 - 指揮者 / 新制高等科卒
- 滝口和眞 - プロ野球選手 / 新制高等科卒
- 池田隆政 - 実業家 / 新制高等科卒
- 酒井忠輝 - 実業家、馬術選手、雅楽頭系酒井家宗家24代目 / 新制高等科卒
- 小渕恵三 - 内閣総理大臣
- 鳩山由紀夫- 内閣総理大臣
- 鳩山邦夫
- 都倉俊一 / 新制高等科卒
- 竹内良一 - 俳優 / 旧制中等科卒
- 服部幸應
- 鳩山紀一郎
- 北条浩 - 創価学会元会長
- 橋口収 - 大蔵省主計局長、国土事務次官
- 土田正顕 - 国税庁元長官
- 小笠原章二郎 - 俳優 / 旧制中等科卒
- 吉川秀樹 - 東海ラジオアナウンサー / 新制高等科卒
- 黛りんたろう - NHKドラマディレクター、演出家、映画監督 / 新制高等科卒
- 田村幸士 - 俳優 / 新制高等科卒
[編集] 関連項目
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