吉野彰
吉野 彰(よしの あきら、1948年(昭和23年)1月30日 - )は、日本の化学者。旭化成フェロー。
携帯電話やパソコンなどに用いられるリチウムイオン二次電池の発明者の一人。
業績
背景
1980年代、携帯電話やノートパソコンなどの携帯機器の開発により、高容量で小型軽量な二次電池(充電可能な電池)のニーズが高まったが、従来のニッケル水素電池などでは限界があり新型二次電池が切望されていた。
一方、負極に金属リチウムを用いたリチウム電池(一次電池)は商品化されていたが、金属リチウムを用いた二次電池には、充電時に反応性の高い金属リチウムが針状・樹枝状の結晶形態(デンドライト)で析出し、発火・爆発の危険があり、また、デンドライトの生成で表面積が増大したリチウムの副反応により、充電と放電を繰り返すと大きく劣化してしまう大きな課題があり、現在に至るも実用化されていない。
業績の内容
吉野博士は、2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士が発見した電気を通すプラスチックポリアセチレンに注目し、1981年に有機溶媒を使った二次電池の負極に適していることを見いだした。さらに、正極には1980年にジョン・グッドイナフ (J.B.Goodenough) らが発見したリチウムと酸化コバルトの化合物であるコバルト酸リチウム (LiCoO2)などのリチウム遷移金属酸化物を用いて、1983年にリチウムイオン二次電池の原型を創出した[1][2]。
しかし、ポリアセチレンは真比重が低く電池容量が高くならないことと、電極材料として不安定である問題があった。
そこで炭素材料を負極とし、リチウムを含有するLiCoO2を正極とする新しい二次電池であるリチウムイオン二次電池 (LIB)の基本概念を1985年に確立した[3]。
吉野博士が次の点に着目したことによりLIBが誕生した。
- 正極にLiCoO2を用いると、
- 正極自体がリチウムを含有するため、負極に金属リチウムを用いる必要がないので安全であること
- 4V級の高い電位を持ち、そのため高容量が得られること
- 負極に炭素材料を用いると、
- 炭素材料がリチウムを吸蔵するため、金属リチウムが電池中に存在しないので本質的に安全であること
- リチウムの吸蔵量が多く高容量が得られること
また、特定の結晶構造を持つ炭素材料を見いだし[3]、実用的な炭素負極を実現した。
加えて、アルミ箔を正極集電体に用いる技術[4][5]、安全性を確保するための機能性セパレータ[6]などの本質的な電池の構成要素に関する技術を確立し、さらに安全素子技術[7]、保護回路・充放電技術、電極構造・電池構造等の技術を開発し、さらに安全でかつ、電圧が金属リチウム二次電池に近い電池の実用化を成功させ、現在のLIBの構成をほぼ完成させた。
1986年、LIBのプロトタイプが試験生産され、米国DOT(運輸省、Department of Transportation)の「金属リチウム電池とは異なる」との認定を受け、プリマーケッティングが開始された[8]。
1991年、リチウムイオン二次電池 (LIB)は吉野博士の勤務する旭化成とソニーなどにより実用化された。
社会への貢献・影響
現在、リチウムイオン二次電池 (LIB)は携帯電話、ノートパソコン、デジタルカメラ・ビデオ、携帯用音楽プレイヤーを始め幅広い電子・電気機器に搭載され、2010年にはLIB市場は1兆円規模に成長した[9]。小型で軽量なLIBが搭載されることで携帯用IT機器の利便性は大いに増大し、迅速で正確な情報伝達とそれにともなう安全性の向上・生産性の向上・生活の質的改善などに多大な貢献をしている。
また、LIBは、エコカーと呼ばれる自動車(EV・HEV・P-HEV)などの交通機関の動力源として実用化が進んでおり、電力の平準化やスマートグリッドのための蓄電装置としても精力的に研究がなされている。
その他
一般向けの著書に「リチウムイオン電池物語」(シーエムシー出版)がある。
略歴
- 1970年 : 京都大学工学部石油化学科卒業。
- 1972年 : 京都大学大学院工学研究科修士課程修了。
- 1972年 : 旭化成工業株式会社(現旭化成株式会社)入社。
- 1994年 : (株)エイ・ティーバッテリー技術開発担当部長。
- 1997年 : 旭化成(株)イオン二次電池事業推進室 室長。
- 2003年 : 旭化成フェロー就任。
- 2005年 : 大阪大学工学部電子工学科博士課程修了。
- 2005年 : 旭化成(株)吉野研究室 室長。
受賞
- 1999年 : 化学技術賞(日本化学会)
- 1999年 : Technical Award of Battery Division (米国電気化学会)
- 2001年 : 市村産業賞功績賞(市村賞)
- 2001年 : 関東地方発明表彰文部科学大臣発明奨励賞(発明協会)
- 2002年 : 全国発明表彰文部科学大臣発明賞(発明協会)
- 2003年 : 文部科学大臣賞科学技術功労者(文部科学省)
- 2011年 : 山崎貞一賞(材料科学技術振興財団)
- 2011年 : C&C賞(NEC)
勲章
脚注
- ^ 日本国特許第1823650号(出願日1983/12/13 )
- ^ “リチウムイオン電池生みの親”. 旭化成(株)のサイト,ホーム > 会社案内トップ > 研究開発 > リチウムイオン電池とは?. 2011年7月27日閲覧。
- ^ a b 日本特許第1989293号(優先日1985/5/10)
- ^ 日本特許第2128922号(出願日1984/5/28)
- ^ 大久保 聡 (2000年7月25日00:00). “旭化成,Liイオン2次電池の特許権を積極行使へ,現行製品のほとんどが特許に抵触”. Tech-On、日経エレクトロニクス誌200年7月31日号のp.25. 日経BP. 2011年7月7日閲覧。
- ^ 日本特許第2642206号(出願日1989/ 12/ 28)
- ^ 日本特許第3035677号(出願日1991/9/13)
- ^ リチウムイオン二次電 第2版(日刊工業新聞、芳尾真幸ら編)P27,P33
- ^ 日経エレクトロニクス2010年1月11日号 「Liイオン電池,新時代へ」 (2010/01/08) http://techon.nikkeibp.co.jp/article/HONSHI/20100107/179056/