司法取引

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Seibuabina (会話 | 投稿記録) による 2012年5月5日 (土) 12:44個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎司法取引に類似した制度)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

司法取引(しほうとりひき)とは、司法制度の一つ。

概要

裁判において、被告人検察官が取引をし、被告人が罪状を認めるか、あるいは共犯者を法廷告発する、あるいは捜査に協力することで、求刑の軽減、またはいくつかの罪状の取り下げを行うこと。司法取引の結果として軽減された検察官の求刑に裁判所が法的に拘束されるわけではなく、求刑以上の量刑を行うことも可能であるが、司法取引の刑事政策上のメリット、当事者主義の理念から裁判所は司法取引の結果を尊重することが多いとされる。

被告人による罪状認否の制度が存在する英米法の国で可能になる制度である。犯罪の多い米国では刑事裁判の大部分が司法取引で行われている。一方、大陸法の国では、被告人が罪を認めても裁判は行われ、裁判官有罪にする十分な証拠がないと判断すれば無罪となるというように、基本的に被告人による罪状認否という制度が無い。そのため、司法取引を行わないか、限定しているが多い。

メリット・デメリット

司法取引のメリット

  • 刑罰を軽減する替わりに、裁判にかかる時間と費用を節約できるだけでなく、減刑ながらも有罪を獲得できる(犯罪件数が多く、また裁判の結果が不確定な陪審員制の国では重要である)。
  • より重要な犯罪の捜査の進展に役立つ情報を得ることができる
  • ほぼ犯人に間違いないが、その動機などの証明に証拠が不十分な場合、ある程度の刑罰を与えることが可能である。
  • 証言することにより自身も刑事訴追を受けるおそれがあるため証言を躊躇う証人に対し、刑事免責と引き換えに自己負罪拒否特権を外して証言を引き出せる。

司法取引へのデメリット

  • 検察官による脅しや、被告人の知識不足で罪状を認めてしまうことがあり、冤罪を起こしやすい。
  • 法廷で死刑を宣告される可能性を避けるために無罪の人間が罪を認めてそれ以外の刑(終身刑など)を受け入れる可能性がある。
  • テロリストなど国家にとって好ましからざる人物を正式裁判にかけると、(陪審により)万に一つでも無罪となることが考えられる場合、死刑を終身刑にするなどと司法取引を強制して裁判によらず監獄に幽閉する危険がある。
  • 真犯人が重刑を避けるために司法取引を行い無罪の人間に対して偽証を行う可能性がある。米国で頻繁に起こる共犯による強盗殺人の場合、誰が殺人を本当に起こした事実と関係なく司法側と先に取引を行った共犯者が別の共犯者に対して証言し重刑を免れる可能性を指摘されている。
  • 取引であるため、優秀な弁護士を雇える金持ちが有利な取引を行いやすく法の下の平等に反する場合がある。
  • 公正であるべき司法の場で取引を行うことは、法の公正さを損なう。
  • 取引の条件として共犯者を法廷で告発すると、法廷証言において偽証させる動機が強く働く。米国などではこれにより多くの冤罪が生まれている可能性が指摘されている。
  • 刑期短縮や保釈など身柄拘束が短縮されることを期待して罪を認めたり偽証をするなど、人質司法の問題がある。

司法取引の例

  • 比較的単純な犯罪で、正式な裁判をするのが面倒な場合、求刑を多少軽減し罪状を認めさせる。
  • マフィア組織犯罪を捜査する場合、証言した構成員の罪を軽減する代わりに得た情報により、組織全体の犯罪を暴く。企業犯罪汚職事件なども同様。
  • 被告が多くの罪状で起訴されている場合、全ての罪状を審議するのは時間がかかるため、主要な罪状の捜査への協力の代わりに、軽い罪状の起訴を取り下げる。
  • 状況証拠から、ほぼ間違いないが、裁判で確実に有罪にできるほどの直接証拠が無い場合、刑の軽減を条件に罪状を認めさせる。
  • 航空事故医療事故などでは業務に従事していた個人に対して「故意の破壊行為」またはそれに近い「認識ある過失」がない限りは刑事責任や民事責任を問わない代わりに当事者からの証言を得やすくし、事故原因の真相究明と今後の事故防止対策を優先する。

日本における司法取引

日本法では司法全般において司法取引について直接規定したものはない。しかし、以下の限定的な事例においては司法取引に類似した制度が法で明記されている。

司法取引に類似した制度

課徴金減免制度
2006年1月施行の改正独占禁止法によって、課徴金減免制度(リーニエンシー)が定められている。これは談合カルテルを自主的に申告した企業は、課徴金を減免されることが規定されている。欧米でカルテル摘発に成果を挙げている同様の制度に倣って導入された。2006年の施行以降、2006年9月の首都高トンネル換気設備工事談合事件など、2008年末までに264件の申請があった[1]
即決裁判手続
2006年10月に施行された改正刑事訴訟法によって、即決裁判手続が定められている。これは軽微(「死刑、無期、短期一年を超える懲役・禁固刑」の犯罪は除外)であり明白かつ証拠調べが速やかに終わると見込まれる一定の条件の事案で、罪状認否において被告人が有罪を認めた場合、執行猶予付きの判決が保証される。
ただし、裁判所が当該事件を即決裁判手続を行うことが相当ではないと認めて正式裁判に移行した場合、検察官や被告人の思惑に反して実刑判決になる可能性はある。
略式手続
刑事訴訟法には略式手続が定められている。これは軽微(「100万円以下の罰金又は科料を科しうる事件」の犯罪)であり、書面審査だけで速やかに終わると見込まれるなど一定の条件の事案で有罪と認めた場合でも、罰金刑でも上限100万円を超えないことを確実にすることを被疑者の同意の下で裁判を進めることが規定されている。
ただし、裁判所が当該事件を略式手続で行うことが相当ではないと認めて正式裁判に移行した場合、検察官や被疑者の思惑に反して100万円より高い罰金刑や自由刑の判決になる可能性はある。

司法取引に関して裁判で注目された例

ロッキード事件
米国在住の重要証人が自己負罪拒否特権を理由に日本での証言を拒否したのに対し、日本の検事総長が刑事訴訟法第248条に規定された起訴便宜主義に基づき、起訴をしないことを約束し事実上の免責を与えて米国の裁判官に証人尋問を嘱託して作成した嘱託証人尋問調書の証拠能力が争われた。下級裁判所では日本の法秩序の基本的理念や手続構造に反する重大な不許容事由を有するものでないとして嘱託証人尋問調書の証拠能力を認めたが、最高裁判所は刑事免責に関する立法の欠如を理由に嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定した。
埼玉愛犬家連続殺人事件
従犯は「自供すれば殺人を不問に付す」など検察との密約があったが、殺人罪で起訴されたために密約が反故にされたとして主犯の法廷での出廷証言を拒否する一方で検察との密約から司法取引の存在を主張してたことで、従犯の証言の信用性が争われたため、公判において従犯の担当検察官が出廷して従犯の証言の信憑性について証言することになった。判決では検察と従犯との間の密約の存在は認定されなかった一方で、出廷証言を拒否した従犯の供述調書については犯人しか知りえない秘密の暴露が多数あったことなどから証拠能力を認めた。
柏原市パチンコ店強盗事件
強盗罪容疑で起訴された男は公判でも起訴内容を認めていたが、覚醒剤取締法違反での追起訴後に否認し、「警察官が強盗を自白すれば覚醒剤を立件しないと取引を持ちかけた」と証言。
地方裁判所は強盗事件に関する男の自白調書について偽約束の可能性による違法性から証拠採用しなかったが、共犯者の公判証言などから男の強盗事件と覚醒剤事件への関与を認定して有罪判決を下した。

脚注

  1. ^ 公正取引委員会:平成22年3月17日付 事務総長定例会見記録

関連項目