司法取引

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司法取引(しほうとりひき)とは、司法制度の一つ。

概要[編集]

裁判において、被告人検察官が取引をし、被告人がを認めるか、あるいは共犯者を法廷告発する、あるいは捜査に協力することで、求刑の軽減、またはいくつかの罪状の取り下げを行うこと。司法取引の結果として軽減された検察官の求刑に裁判所が法的に拘束されるわけではなく、求刑以上の量刑を行うことも可能であるが、司法取引の刑事政策上のメリット、当事者主義の理念から裁判所は司法取引の結果を尊重することが多いとされる。

被告人による罪状認否の制度が存在する英米法国家で可能になる制度である。アメリカ合衆国では、刑事裁判の大部分で司法取引が行われている。一方、大陸法の国家では、類似制度として、改悛者制度や王冠証人制度を導入している国もある。

メリット・デメリット[編集]

司法取引のメリット[編集]

  • 刑罰を軽減する替わりに、裁判にかかる時間と費用を節約できるだけでなく、減刑ながらも有罪を獲得できる(犯罪件数が多く、また裁判の結果が不確定な陪審員制の国では重要である)。
  • より重要な犯罪の捜査の進展に役立つ情報を得ることができる
  • ほぼ犯人に間違いないが、その動機などの証明に証拠が不十分な場合、ある程度の刑罰を与えることが可能である。
  • 証言することにより自身も刑事訴追を受けるおそれがあるため黙秘権を行使して証言を拒む証人に対し、刑事免責と引き換えに自己負罪拒否特権を外して証言を引き出せる。

司法取引へのデメリット[編集]

  • 検察官による脅しや、被告人の知識不足で罪状を認めてしまうことがあり、冤罪を起こしやすい。司法取引経緯について明らかになる取調べの可視化がなかったり、共犯者の証言の裏付けを怠ったまま信頼性が高いと判断される司法文化がある場合はその傾向が強くなる[1]
  • 法廷で死刑を宣告される可能性を避けるために無罪の人間が罪を認めてそれ以外の刑(終身刑など)を受け入れる可能性がある。
  • テロリストなど国家にとって好ましからざる人物に裁判にかける事例において(陪審により)万に一つでも無罪となることが考えられる場合、死刑を終身刑にするなどと司法取引を強制して裁判によらず監獄に幽閉する危険がある。
  • 取引の条件として共犯者を法廷で告発すると、法廷証言において偽証させる動機が強く働く。真犯人が重刑を避けるために司法取引を行い、無実の者又は犯罪の役割の軽い者に罪をなすりつける偽証を行う可能性がある。米国で冤罪事件を調査したら15%が司法取引によるものだった[2]
  • 取引であるため、優秀な弁護士を雇える金持ちが有利な取引を行いやすく法の下の平等に反する場合がある。
  • 公正であるべき司法の場で取引を行うことは、法の公正さを損なう。
  • 刑期短縮や保釈など身柄拘束が短縮されることを期待して罪を認めたり偽証をするなど、人質司法の問題がある。
  • 特定秘密保護法公益通報者保護法が競合するような場合などは特に、公開法廷の原則が守られず問題になる。

司法取引の例[編集]

  • 比較的単純な犯罪で、正式な裁判をするのが面倒な場合、求刑を多少軽減し罪状を認めさせる。
  • マフィア組織犯罪を捜査する場合、証言した構成員の罪を軽減する代わりに得た情報により、組織全体の犯罪を暴く。企業犯罪汚職事件なども同様。
  • 被告が多くの罪状で起訴されている場合、全ての罪状を審議するのは時間がかかるため、主要な罪状の捜査への協力の代わりに、軽い罪状の起訴を取り下げる。
  • 状況証拠から、ほぼ間違いないが、裁判で確実に有罪にできるほどの直接証拠が無い場合、刑の軽減を条件に罪状を認めさせる。
  • 航空事故医療事故などでは業務に従事していた個人に対して「故意の破壊行為」またはそれに近い「認識ある過失」がない限りは刑事責任や民事責任を問わない代わりに当事者からの証言を得やすくし、事故原因の真相究明と今後の事故防止対策を優先する。

日本における司法取引[編集]

日本法では司法取引は認められていなかった。しかし、司法取引を認めるべきとの声はあり、導入に向けた動きが出て[3]2014年9月18日法制審議会は司法取引制度(捜査・公判協力型協議・合意制度)の新設や、取り調べの録音・録画の義務付けを柱とする刑事司法制度の改革案を正式に決定した[4]。2016年5月に改正刑事訴訟法が成立した。2018年までに施行される見込み。

捜査・公判協力型協議・合意制度[編集]

2014年6月30日に法制審議会における新時代の刑事司法制度特別部会の最終案では、検察官が刑事責任を軽くする又は追求しないことを約束し、法廷で他人の犯罪関与について証言する「捜査・公判協力型協議・合意制度」として司法取引制度を盛り込むことになった。この案では対象事件を汚職脱税談合などの経済犯罪銃器薬物犯罪などに限定し、司法取引で無実の人が巻き込まれることを防ぐため、「虚偽供述罪」を盛り込んだ他、取引の際には検察官・被疑者・弁護士が連署した書類を作成することとし、他人の犯罪関与に関する証拠採用には制度を利用したことを法廷で明らかにすることとしている。

それでも冤罪被害者を生む危険性は増大すると指摘する声は強く[5]、逆に司法取引を経た証人は虚偽供述罪を問われるのを避けるために他人の刑事裁判に出廷しても虚偽を貫こうとする動機が働くために冤罪の温床になりやすいことが指摘されている[6]

司法取引に類似した制度[編集]

「捜査・公判協力型協議・合意制度」以前に司法取引に類似した制度は存在する。

課徴金減免制度
2006年1月施行の改正独占禁止法によって、課徴金減免制度(リーニエンシー)が定められている。これは談合カルテルを自主的に申告した企業は、課徴金を減免されることが規定されている。欧米でカルテル摘発に成果を挙げている同様の制度に倣って導入された。2006年の施行以降、2006年9月の首都高トンネル換気設備工事談合事件など、2008年末までに264件の申請があった[7]
即決裁判手続
2006年10月に施行された改正刑事訴訟法によって、即決裁判手続が定められている。これは軽微(「死刑、無期、短期一年を超える懲役・禁固刑」の犯罪は除外)であり明白かつ証拠調べが速やかに終わると見込まれる一定の条件の事案で、罪状認否において被告人が有罪を認めた場合、裁判所は執行猶予を付した判決をしなければならない。
ただし、裁判所が当該事件を即決裁判手続を行うことが相当ではないと認めて通常の裁判に移行した場合、検察官や被告人の意図に反して実刑判決を受けることはある。
略式手続
刑事訴訟法には略式手続が定められている。これは軽微(「100万円以下の罰金又は科料を科しうる事件」の犯罪)であり、書面審査だけで速やかに終わると見込まれるなど一定の条件の事案で有罪と認めた場合でも、罰金刑でも上限100万円を超えないことを確実にすることを被疑者の同意の下で裁判を進めることが規定されている。
ただし、裁判所が当該事件を略式手続で行うことが相当ではないと認めて正式裁判に移行した場合、検察官や被疑者の意図に反して100万円より高い罰金刑や自由刑の判決になる可能性はある。
自由刑裁量的執行停止
刑事訴訟法第482条では、一定条件を満たした場合は検察官の裁量によって自由刑の執行停止を行うことができ、実刑判決が確定しても刑務所に服役させないことができる。ただし、将来において条件を満たさなくなった場合は執行停止はできなくなって自由刑の執行によって収監・服役されるため、将来的にも維持される条件である「年齢70年以上であるとき」のみしか永続的に裁量的執行停止とする司法取引的運用はできない。また、収監・服役されないものの裁判所の有罪判決自体は維持され、自由刑に関する欠格に該当した場合の法律制限を受けることになる。

司法取引に関して裁判で注目された例[編集]

ロッキード事件
アメリカ合衆国在住の重要証人が、自己負罪拒否特権を理由に、日本での証言を拒否したのに対し、日本の検事総長(事件当時は布施健)が、刑事訴訟法第248条に規定された起訴便宜主義に基づき、起訴をしないことを約束し事実上の免責を与えて、アメリカ合衆国の裁判官に証人尋問を嘱託して作成した「嘱託証人尋問調書の証拠能力」が争われた。下級裁判所では、日本の法秩序の基本的理念や手続構造に反する重大な不許容事由を有するものでないとして、嘱託証人尋問調書の証拠能力を認めたが、最高裁判所は刑事免責に関する立法の欠如を理由に、嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定した。
柏原市パチンコ店強盗事件
強盗罪容疑で起訴された男性は、公判でも起訴内容を認めていたが、覚せい剤取締法違反での追起訴後に否認し、「警察官が強盗を自白すれば覚醒剤を立件しないと取引を持ちかけた」と証言。
大阪地方裁判所は強盗事件に関する男の自白調書について、偽約束の可能性による違法性から証拠採用しなかったが、共犯者の公判証言などから男性の強盗事件と覚醒剤事件への関与を認定して、有罪判決を下した。

脚注[編集]

  1. ^ 2014年6月28日中日新聞朝刊「話題の発掘 ニュースの追跡」
  2. ^ 2014年6月27日中日新聞朝刊5面社説
  3. ^ “司法取引 試案もとに導入の是非を議論”. NHK. (2014年6月23日). http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140623/k10015441821000.html 2014年6月25日閲覧。 
  4. ^ “司法取引の導入決定 法制審答申、可視化を義務付け”. 日本経済新聞. (2014年9月18日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG18H1F_Y4A910C1EA2000/ 2013-4-9-24閲覧。 
  5. ^ 2014年7月10日中日新聞朝刊「司法取引冤罪生む」
  6. ^ 2014年10月31日中日新聞朝刊27面
  7. ^ 公正取引委員会:平成22年3月17日付 事務総長定例会見記録

関連項目[編集]