イワシクジラ

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イワシクジラ
イワシクジラ
イワシクジラ Balaenoptera borealis
保全状況評価
ENDANGERED
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: 鯨偶蹄目 Cetartiodactyla
階級なし : クジラ目 Cetacea
亜目 : ヒゲクジラ亜目 Mysticeti
: ナガスクジラ科 RorqualBalaenopteridae
: ナガスクジラ属 Balaenoptera
: イワシクジラ B. borealis
学名
Balaenoptera borealis
Lesson1828
和名
イワシクジラ
英名
Sei whale
イワシクジラの生息域
イワシクジラの骨格
イワシクジラが描かれたフェロー諸島切手

イワシクジラ(鰯鯨、Balaenoptera borealis)は、クジラ目ナガスクジラ科に属するクジラ。

分布

インド洋南部、大西洋(北部および南部)、太平洋(北部および南部)

形態

最大体長1,770 cm。体重オス15.9 t、メス17.8 t。オスよりもメスの方が大型になり、オスは最大でも体長1,680 cm。体形は細長い。上顎端から鼻孔にかけて1本の筋状の盛りあがり(キール)がある。喉から腹部にかけて32 - 60本のが入り、畝はへそに達しない。下から腹部中央部の畝は白いが、谷は黒い。背面の色彩は暗青色、腹面の色彩は淡青色。

上顎口蓋には左右にそれぞれ最長80 cmに達する320 - 400枚のひげがある。ひげには白く細い毛が密生する。ひげの色彩は黒いが、吻端部には白いものもある。背は他のナガスクジラ科のクジラよりも前方にあり[1]、三日月型で直立する。陰茎の色彩は黒い。

出産直後の幼獣は全長400 - 450 cm。

生態

亜熱帯から亜寒帯の海洋に生息する。

食性動物食で、甲殻類魚類などを食べる。群れている獲物を口を大きく開けて海水ごと取りこみ髭で獲物だけを濾しとって食べるか、水面で口を開けながら泳ぎ獲物を濾し取りつつある程度の量が溜まってから一気に飲みこむ。スキム・フィーディング(漉き取り摂餌)と呼ばれる採餌形態を取り、これはナガスクジラ科では珍しい事例である。採餌方法の関係上、セミクジラと共通点が多く、採餌の場を共にする事もある(その際、競合的な行動は見られない[2])。

繁殖形態は胎生。冬季に交尾し、妊娠期間は約11か月。2-3年に1回、1頭の幼獣を産む。授乳期間は約6か月。生後2-3年で性成熟(以前は約11年で性成熟していたとされる)する。寿命は最長で74年。

自然環境の回復が進む地域を除くと沖合性が強い事も相まって、ホエールウォッチングの積極的な対象になる事はアゾレス諸島等いくつかの海域を除くと少なく、ブリーチング(Cetacean surfacing behaviour)などの活発な行動を見せる事も非常に稀である。しかし、鯨がリラックスしている限りでは船やヨットに積極的に接近・遊泳する事もある[3]

人間との関係

近縁のニタリクジラと混同されており、学術的に日本近海にニタリクジラが分布する事が明確になったのは1950年代である[4]

捕鯨

19世紀の爆発性銛や蒸気力ボートの開発により、商業捕鯨の数は激増することとなる。それまでは、イワシクジラは素早く逃げることが巧みであり、また他の大型鯨と比較し少量の鯨油しか取れなかったためそこまで捕鯨の対象とならなかったことによる。他の鯨の頭数が欠乏しつつあったことにより1950年から1970年代にかけて、イワシクジラが捕鯨対象の主流とされることになる[5]

北大西洋では1885年から1984年にかけ、14295頭が捕獲される。これらの大部分はノルウェースコットランド沖で行われ、主に19世紀後半から20世紀初めにかけ行われた。20世紀初め、ノルウェーでは陸上の哺乳類を捕獲することが困難であったため、鯨肉は一般的な食糧であり、また貴重な蛋白源であった[6]

北太平洋では、報告された限りでは1910年から1975年の間、特に1947年以降を中心に7万2215頭のイワシクジラが商業捕鯨用に漁獲された[7]。日本や韓国沖では、1911年から1955年にかけて毎年300から600頭が捕獲された。1959年には日本の漁獲量が最大となり、1340頭が捕獲される。北太平洋では1960年代前半から、捕鯨者による過剰搾取が始まり、1963年から1974年間の平均捕獲数は3643頭にもなった。(合計4万3719頭、最小1280頭、最大6053頭)[8]イワシクジラの大量捕獲の約十年後の1971年、日本近海でイワシクジラの数は欠乏し、1975年には西北太平洋での商業捕鯨が禁止され終了することとなる。更に1971年、東北太平洋でのイワシクジラの商業捕鯨も終了する。

南半球では1910年から1979年の間に15万2233頭が捕鯨される[7]。 南半球において、本来はザトウクジラなどが対象であったが1913年以降、ザトウクジラの生態数が減少し、ナガスクジラシロナガスクジラが捕鯨されるようになり、これらの種族も欠乏し始めたことにより、1950年から1960年代前半、イワシクジラが急激に捕鯨対象となる。1964年にこの捕獲はピークを迎え、年間2万頭ものイワシクジラが捕鯨された。しかしこの捕鯨数は1976年には2000頭まで減少することとなり、1977年にはイワシクジラの商業捕鯨が完全に終了する[5]

なお、前述の通り日本においては1950年代までイワシクジラはニタリクジラと混同されていたため、捕鯨頭数もその時期まではニタリクジラもイワシクジラとして一括して集計されていた[4]

2019年7月の日本の商業捕鯨再開に際し、イワシクジラは捕獲対象となり、水産庁は年間捕獲枠を25頭と設定している[9]

保護運動

1970年に北大西洋での捕獲割り当て量がIWCによって決められるまで、イワシクジラは国際的に重要に保護はされておらず、割り当てが決められるまで捕鯨数は殆ど制限されていなかった。1976年、イワシクジラは北太平洋での商業捕鯨から全面的に保護されることとなり、また1977年、北大西洋でも割当量が導入される。また、1979年以降、南半球でも捕鯨が禁止される。1981年には、いくつかの鯨の種族が世界規模で絶滅の危機に陥っているという多くの証拠が報告されるようになり、IWCは商業捕鯨の一時的禁止を提案する。これにより合法的なイワシクジラの商業捕鯨が全面的に禁止される[10]

2000年には、IUCNレッドリストに、絶滅危惧種と分類される[11]。北半球の生息数は引用補遺2に載っており、「必ずしも絶滅危惧というほどではないが、制限しなければいずれそうなるだろう。」と掲載され、南半球の生息数は、引用補遺1に「商業捕鯨を中止しない限り、絶滅危惧にある」と掲載された[12]

捕鯨維持的見地

商業捕鯨の一時停止以降も、IWCの科学調査を目的とするアイスランドや日本の捕鯨船によりいくらかのイワシクジラは捕獲され続けた。1986年から1989年にかけアイスランドは4年間科学調査を実行し、年に40頭が捕鯨される[13]。 また日本の捕鯨船も年間約50頭を捕鯨した。この調査捕鯨は東京のICR(Institute of Cetacean Research)によって同意された。この調査の主な目的はイワシクジラが何を食べるか、また人とクジラの競争度合を解明することであった。ICRの総裁大隅清治博士は「調査によると、クジラ達は人々の3倍から5倍の海洋資源を捕食する[14]。これらにより、私達の調査は海洋資源管理の向上に関し、重要な情報を解明するものである」と公言し[15]、また「イワシクジラは西太平洋では28000頭以上が生息しており、二番目に生息数が豊富なクジラである。これは明らかに絶滅危惧種ではない。」と付け加えた[16][17]

推定生息数

2006年時点でのイワシクジラの生息数は調査から約54000頭と推測され、これは商業捕鯨以前の時代と比べ、およそ5分の1しかいないことが分かる[18]。また、1991年の北大西洋での調査では約4000頭であろうと報告された。しかし、この時の調査方式はCPEU(catch per unit effort)と呼ばれる特定の種を捜索し、発見するまでの時間と労力から頭数を導き出す方法であったことで問題視されている。この計測方法は真に科学的でないと度々批判される手法であった[19]

デンマーク海峡での調査では、1987年に1290頭、1989年には1590頭が確認された[20]。カナダのノバスコシア州では1393頭から2248頭、最低でも870頭は存在すると推測された[21]

1977年、太平洋では9110頭であろうと推測されたが、この時の調査法はCPEUであり[22]、この推測数は日本のために行われた時代遅れの方法であるなどと批判され、物議をかもすことになる。また同様に、2002年の西北太平洋では28000頭以上と推測された[23]。もっとも、カリフォルニア海で確認されたのは1頭のみであり、目撃例でも1991年から1993年の間の5件しか存在しない。また、ワシントン州オレゴン州では、たったの一頭も確認されていない。

商業捕鯨がおこなわれる以前は、北太平洋には42000頭が生息していたが、商業捕鯨が禁止された1974年には推定生息数で1万2620頭から7260頭にまで減少していた[22]。また、南半球では、9800頭から12000頭であろうとCPUE調査法と捕鯨の記録から推測され、IWCは1978年から1988年の間の調査データから9718頭という推定数を発表した。なお商業捕鯨以前には、南半球には65000頭が生息するであろうと推測されていた[24]

脚注

  1. ^ 『クジラとイルカの図鑑』 61頁
  2. ^ https://teacheratsea.wordpress.com/tag/fisheries/
  3. ^ https://www.youtube.com/watch?v=50dEXQSjdSI
  4. ^ a b 『ニタリクジラの自然誌 ―土佐湾に住む日本の鯨―』平凡社、加藤秀弘、2000年、66頁。
  5. ^ a b S.L. Perry; D.P. DeMaster, and G.K. Silber (1999). “Special Issue: The Great Whales: History and Status of Six Species Listed as Endangered Under the U.S. Endangered Species Act of 1973”. Marine Fisheries Review 61 (1): 52–58. http://spo.nwr.noaa.gov/mfr611/mfr611.htm. 
  6. ^ Sigurjónsson, J. (1988). "Operational factors of the Icelandic large whale fishery". Rep. Int. Whal. Commn 38: 327–333.
  7. ^ a b Horwood, J. (1987). The sei whale: population biology, ecology, and management. Kent, England: Croom Helm Ltd.. ISBN 0-7099-4786-0.
  8. ^ Tillman, M.F. (1977). "Estimates of population size for the North Pacific sei whale". Rep. Int. Whal. Commn Spec. Iss. 1: 98–106.
  9. ^ 2019年7月1日付読売新聞
  10. ^ Reeves, R.; G. Silber and M. Payne (July 1998) (PDF). Draft Recovery Plan for the Fin Whale Balaenoptera physalus and Sei Whale Balaenoptera borealis. Silver Spring, Maryland: National Marine Fisheries Service.
  11. ^ Reilly, S.B., Bannister, J.L., Best, P.B., Brown, M., Brownell Jr., R.L., Butterworth, D.S., Clapham, P.J., Cooke, J., Donovan, G.P., Urbán, J. & Zerbini, A.N. (2008). "Balaenoptera borealis". IUCN Red List of Threatened Species. Version 2008. International Union for Conservation of Nature. 2008年10月7日閲覧
  12. ^ Shefferly, N. (1999年). “Balaenoptera borealis”. Animal Diversity Web. 2006年11月4日閲覧。
  13. ^ "WWF condemns Iceland's announcement to resume whaling" (Press release). WWF-International. 7 August 2003. 2006年11月10日閲覧
  14. ^ ただし、消費される海洋資源は80種近い鯨の餌の総量であり、コペポーダなどのプランクトンなど人類と競合しない生物を多く含むため、そのまま比較する事に問題があると指摘されている。捕鯨問題#争点、自然保護問題としてのクジラの鯨食害論も参照。
  15. ^ "Japan not catching endangered whales" (PDF) (Press release). The Institute of Cetacean Research, Tokyo, Japan. 1 March 2002. 2006年11月10日閲覧
  16. ^ "Japan's senior whale scientist responds to New York Times advertisement" (PDF) (Press release). The Institute of Cetacean Research, Tokyo, Japan. 20 May 2002. 2006年11月10日閲覧
  17. ^ ただし、IUCNの基準は生息数の現状のみで判断するものではなく、過去から現在に向けて野生生物が受けてきた影響を考慮するものである。
  18. ^ As of 2006, the worldwide population of the Sei Whale was about 54,000, about a fifth of its pre-whaling population.
  19. ^ Blaylock, R.A., J.W. Haim, L.J. Hansen, D.L. Palka, and G.T. Waring (1995). U.S. Atlantic and Gulf of Mexico stock assessments. U.S. Dept. of Commerce, NOAA Tech. Memo NMFS-SEFSC-363. 
  20. ^ Cattanach, K.L.; J. Sigurjonsson, S.T. Buckland, and Th. Gunnlaugsson (1993). “Sei whale abundance in the North Atlantic, estimated from NASS-87 and NASS-89 data”. Rep. Int. Whal. Commn 43: 315–321. 
  21. ^ Mitchell, E.; D.G. Chapman (1977). "Preliminary assessment of stocks of northwest Atlantic sei whales (Balaenoptera borealis)". Rep. Int. Whal. Commn Spec. Iss. 1: 117–120.
  22. ^ a b Tillman, M.F. (1977). "Estimates of population size for the North Pacific sei whale". Rep. Int. Whal. Commn Spec. Iss. 1: 98–106.
  23. ^ The Institute of Cetacean Research, Tokyo, Japan (2002-05-20) (PDF). Japan's senior whale scientist responds to New York Times advertisement. Press release. Retrieved on 2006-11-10.
  24. ^ Braham, H.. "Endangered whales: Status update". Alaska Fisheries Science Center, Seattle, WA.

関連項目

参考文献

  • 大隅清治監修 D.W.マクドナルド編 『動物大百科2 海生哺乳類』、平凡社1986年、70-73頁。
  • 小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文編著 『レッド・データ・アニマルズ8 太平洋、インド洋』、講談社2001年、16、166頁。
  • 『小学館の図鑑NEO 動物』、小学館2002年、110頁。
  • マーク・カーワディーン『完璧版 クジラとイルカの図鑑』マーティン・カム、日本ヴォーグ社〈自然環境ハンドブック〉、1996年、60 - 63頁頁。ISBN 4-529-02692-2 

外部リンク