Xバー理論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

Xバー理論(エックスバーりろん、X-bar theory)は、言語学において、全ての自然言語に共通する統語論的要素を識別しようとする理論[1][2]Xバー式型X-bar schema)と呼ばれる構文木を用い、あらゆる自然言語のあらゆるXP という構図、およびその組み合わせで示すことができるとする[3][4]1970年ノーム・チョムスキーが提唱し[5]レイ・ジャッケンドフがさらに発展させた[6]。なお、Xバー理論は、あくまでも句構造文法という枠内における理論で、依存文法には適用されない。

概要[編集]

Xバー理論は句構造規則から発展した研究法で[7]、チョムスキーらが1965年に想定した枠組み[8]を元にしており、世界の全言語における全種の名詞句動詞句など)は普遍的な構造を持っているという理論である[3][9]。そういった共通要素の1つとして、句構造規則にはなかった「Xバー」という概念が導入された[1]。Xバー理論は、特に1970年代から1980年代にかけては生成文法の主流アプローチであり[4]、やはりチョムスキーが提唱した(1981年1986年など)原理とパラメータ英語版principles and parameters)理論の中核であった[3]

ここにおける X は任意の語彙範疇lexical category =伝統文法における品詞)であり、XP はそれを主要部head)とする句である[9]。例えば、名詞(N)・名詞句(NP)、動詞(V)・動詞句(VP)、形容詞(A)・形容詞句AP)、前置詞P)・前置詞句英語版prepositional phrase)などが全て、この構図で表せる。

文と名詞句の構造も、Xバー理論においては基本的に同じだとされる[9]

  1. 文: [X’’ The enemy [X’ [X destroyed] the city]].
  2. 名詞句: [X’’ The enemy’s [X’ [X destruction] of the city]].

その他、Xバー理論の基本は、次のようになっている。

  • 全ての句は主要部を持つ[3][9]
  • 主要部と、それによって選択される補部complement)が、Xバーという中間投射projection)を作る[3][9][10]
  • 主要部に選定されない、随意的な付加部英語版(修飾語句)がある場合、その上層にさらなるXバーを構成する[3][10]
  • 指定部英語版specifier)がXバーを限定し、投射を完結させる。これが最大投射maximal projection)、すなわちである[3][10]

「Xバー」という呼称は、X、つまり、Xの上に横棒(bar)を付けた記号に由来する。Xを実際に打ち込むことは困難なため、X’(Xプライム)と書かれることが多いが、それでも英語圏では通常、「X bar」と発音される。「XP」は「X Phrase」(X句)の頭文字を取ったもので、Xの上に2本の横線を引いた「X-bar-bar」と同じである。こちらもX’’(Xダブルプライム)と書かれることが多いが、発音は「X double bar」である。

Xバー式型[編集]

基本規則[編集]

Xバー理論には、3つの基本規則がある。それぞれ、文脈自由文法および構文木(ツリー図)で示すと次のようになる。なお、Xバー式型は2項分岐である[9]

1. XPは、指定部とXバーから成っている(順番は問わない)。

XP → (specifier), X’
      XP                 XP
     /  \       or      /  \
  spec   X'            X'  spec
指定部がゼロの場合もある。

2. Xバーには、もう1つのXバーと付加部から成っているものがある(順番は問わない)。

(X’ → X’, adjunct)
    X'                       X'
   / \           or         / \ 
 X'   adjunct         adjunct   X'
付加部を含まないXPもある。

3. Xバーには、X(主要部)とその補部(ゼロ以上)から成っているものがある(順番は問わない)。

X’ → X, (complement...)
   X'                               X'
  / \             or               / \  
 X  complement             complement X  
左側は主要部先導型head-initial)、右側は主要部終端型head-final)。

句の構造[編集]

基本構造の組み合わせにより、句の構造は次のように示すことができる。階層に制限はなく、例えば、補部(complement)の位置にもう1つのXPを入れるなどして、多重構造を示すことも可能である。また、指定部(specspecifierの略)や補部、あるいは付加部がない場合は当該位置にØを入れたり、見やすいように枝ごと省略することもある。

     XP
    / \
 spec  X'
      / \
     X'  adjunct
    / \
   X   complement

このツリー図は英語の例を示しているが[10]、言語に応じて、例えば spec を右側に配置したり、adjunctcomplement を左側に配置してもかまわない。重要なのは、主要部(head)と補部が”姉妹”関係にあり、それから成るXバーが付加部と姉妹関係にあるということである。なお、実際には、指定部が右側に来る言語はまれである[3]

名詞句の構造[編集]

英語の「the cat」という名詞句は、次のようなXP構造で示すことができる。

     NP
    /  \
  Det  N'
   |   |
  the  N
       |
      cat

「the」は限定詞determiner)、厳密には冠詞article)である(英語の冠詞も参照)。ここでは、当初のXバー理論に則り、名詞「cat」を主要部とする名詞句(NP)の指定部として「the」が示されている。その後に提唱された「名詞句は限定詞句英語版の補部である」という考え方によると、「the cat」は次のような構造になる。

    DP
    |
    D'
    | \
    D  NP
    |    \
   the    N'
          |
          N
          |
         cat

複数の補部[編集]

主要部が複数の補部を選択する場合のXバー構造については、見解が分かれている[3]。以下、a. は、主要部と2つの補部が同じ階層に並ぶ平板構造で、主要部先導型言語では X が左端、主要部終端型では X が右端に来るという違いしかない[3]。一方、b. と c. は補部同士の間に階層があるとする考え方で、主要部先導型か主要部終端型かにより、枝分かれ英語版の方向も逆になる[3]

  a.     X'          b.    X'         c.     X'
       / | \              / \               /  \
     X comp comp         X' comp         comp   X'
                        / \                    /  \
                       X  comp               comp  X

文の構造[編集]

句や文が複雑な構造を成している場合、理論の違いによって、Xバー構文木も異なる形になる。

S = IP という捉え方[編集]

Xbarst1.svg

例えば、変形生成文法においては、「He studies linguistics at the university.」という文(full sentence = S)を IP として表すことができる。IPとは、屈折句英語版inflectional phrase)を指す。その主要部である屈折詞inflection = I)の位置には何もないように見えるが、動詞「studies」に表れている「現在」という時制I の位置で決定されていると考えられている。これを未来形で「He will study linguistics at the university.」と言う場合、「will」が I の位置を占めることになる。このモデルにおける IP の指定部は He という主語名詞句、補部は studies linguistics at the university という動詞句VP)である。また、IP の外側(上層)にさらに CPcomplementizer phrase補文標識句)が存在し、Wh移動英語版の着地点が CP の指定部だと考えられている[3]

S = VP という捉え方[編集]

主辞駆動句構造文法動詞句内主語仮説では、「文=動詞句」という捉え方により、主語名詞句が動詞句の指定部に入ることになる[3]。これは、「動詞=文の主要部」と捉える依存文法に近い考え方である。

                               VP
                              /  \
                          spec     V'
                           |       |   \
                           NP      V'     PP
                           |       | \      |    
                           N'      V  NP    P'
                           |       |   |    |  \
                           N  studies  N'   P   NP    
                           |           |    |   | \
                           He          N   at   D  N'   
                                       |        |  |
                                 linguistics   the N
                                                   |
                                               university

代用テスト[編集]

Xバーの存在を証明するには、V や V’や VP を「do」「does」で代用できるか試してみる方法がある。例えば、上で例に挙げた「He studies linguistics at the university.」に対し、誰かが「She does, too.」という受け答えをすると、その場合の doesstudies linguistics at the university を指し、すなわち、「She studies linguistics at the university, too.」と同義になる。しかし、その受け答えが「And she does at night-school.」であったなら、その場合の doesstudies linguistics のみを指し、すなわち、「And she studies linguistics at night-school.」という意味になる。このように、「does」が同じ動詞句内の異なる部分を代用できるという事実が、その動詞句には複数の階層があるという証明になる。ここにおける下位の階層は V’であり、上位の階層は動詞句(VP)そのものまたは上位の V’である。

Xバー理論の利点と欠点[編集]

1970年代にXバー式型が生成文法に取り入れられるまでは、外心構造英語版という視点も許容されていた。例えば、文は主語名詞句と動詞句(述部)から成っている(S → NP + VP)が、文には主要部が存在しない、すなわち文は外心構造的であるという考え方である。しかし、Xバー理論は、全ての句(文や節も含む)が主要部を持っている[3]、すなわち内心構造的であると主張した。そういう意味では、外心構造を認めない依存文法に近づいたとも言える。ただし、依存文法が文の構造を極力簡素な形で示そうとするのに対し、Xバー式型ではかなり複雑に示すことができるという点が大きく異なる。

Xバー式型では、2本以上の枝(指定部と補部、時には付加部も)を持つ構成素(句)を積み重ねることによって、複雑な(”高い”)構文木を構築でき、さまざまな構成素に対応できる。しかし、構文木が複雑になれば、非連続性英語版が発生する可能性も増加し、統語移動英語版の解析(統率束縛理論英語版など)も煩雑になる。

理論の簡潔化への動き[編集]

1981年マサチューセッツ工科大学の Tim Stowell が『Origins of phrase structure』と題した学位論文によって、もっと一般的な原理に基づくXバー理論を導き出そうとした。András KornaiGeoffrey Pullum によれば、それは画期的な試みながら失敗に終わったという[11]

1990年代半ば、Xバー理論を簡潔化しようという大きな試みが、2つの異なる立場からなされた。1つは、Richard Kayne が提唱した反対称性英語版理論で、文の構造と線型順序linear order)の間には密接な関係があるという前提でXバー理論を捉える立場である。

もう1つは、チョムスキーによる『Bare Phrase Structure』(素句構造)と題された論文[12]で、X’やXPといったラベルを節点(node)から取り払い、その代わりに個々の語彙要素の素性を示すというアプローチである[13]。表示階層と派生を最小限に抑えるという姿勢から、ミニマリスト理論とも呼ばれる[3]生成文法#ミニマリスト・プログラムも参照)。

素句構造では、例えば、上記#名詞句の構造で限定詞句として示されていた「the cat」(a.)は、D’やDPというラベルではなく、その主要部冠詞の「the」(b.)で示す。

 a.    DP          b.       the
        |                   /   \
        D'                 the  cat
        | \
        D  NP
        |    \
       the    N'
              |
              N
              |
             cat

Xバー理論は、原理とパラメータ英語版principles and parameters、略してP&P)理論の中核を為していた[3]。P&P理論とは、普遍文法Universal Grammar、略してUG)という理論の裏づけを取ろうとする試みの1つで、人間の子供が言語を習得しようとする過程で、その言語が例えば主要部先導型かどうかというパラメータのスイッチをオン/オフにすることによって他の要素も割り出し、短期間での言語習得を可能にしているという考え方である。しかし、ミニマリスト理論の登場により、Xバー式型はUGの構成要素として疑問視されるようになった[3]。また、少なくともチョムスキーにとっては、Xバー理論はすでに排除されているという見方もある[4][9]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b Definition of X-bar”. Webster's Online Dictionary. 2013年3月5日閲覧。
  2. ^ Definitions for X-bar theory”. Definitions.net. 2013年3月5日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 吉田光演. “Xバー理論と語順 - 英語、ドイツ語、日本語の基本語順の比較”. 広島大学 学術情報リポジトリ. 2013年3月5日閲覧。
  4. ^ a b c 藤田耕司 (京都大学大学院 人間・環境学研究科). “DESCENT WITH MODIFICATION - GENERATIVE GRAMMAR AND THE UNIVERSALITY/DIVERSITY - GENERATIVE GRAMMAR”. 生命の起原および進化学会. 2013年5月2日閲覧。
  5. ^ Chomsky, Noam (1970). Remarks on nominalization. In: R. Jacobs and P. Rosenbaum (eds.) Reading in English Transformational Grammar, 184-221. Waltham: Ginn.
  6. ^ Jackendoff, Ray (1977). X-bar-Syntax: A Study of Phrase Structure. Linguistic Inquiry Monograph 2. Cambridge, MA: マサチューセッツ工科大学出版局. 
  7. ^ 上田雅信 (北海道大学言語文化部) (2003年). “生成文法と科学革命”. 生命の起原および進化学会. 2013年5月3日閲覧。
  8. ^ J. Katz, P. Postal (1964), and Chomsky (1965).
  9. ^ a b c d e f g 大西耕二 (新潟大学 超域研究機構) (2003年). “一般句構造文法の起原と進化、および、その認知システム進化学的考察”. 生命の起原および進化学会. 2013年5月3日閲覧。
  10. ^ a b c d 牛江一裕. “構成素性と句構造(1): 構成素構造のテストとXバー理論”. SUCRA (Saitama United Cyber Repository of Academic Resources). 2013年3月19日閲覧。
  11. ^ Kornai, Andras and Pullum, Geoffrey (1990) The X-bar theory of phrase structure. Language 66 24-50
  12. ^ Chomsky, Noam (1994). “Bare Phrase Structure”. MIT Occasional Papers in Linguistics (5). 
  13. ^ 小野隆啓. “生成文法用語解説”. 京都外国語大学. 2013年3月6日閲覧。

外部リンク[編集]