CSDコロコロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
CSDコロコロ
原語表記 Club Social y Deportivo Colo Colo
愛称 -
クラブカラー
創設年 1925年
所属リーグ チリ・フットボールリーグ
所属ディビジョン プリメーラ・ディビシオン
ホームタウン サンティアゴ・デ・チレ
ホームスタジアム モヌメンタル・ダビド・アレジャーノ
収容人数 62,500
代表者 チリの旗 カルロス・タピア
監督 アルゼンチンの旗 オマル・ラブルナ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

コロコロスペイン語: Club Social y Deportivo Colo Colo)は、チリの首都サンティアゴを本拠地とするサッカークラブチーム。

国内リーグでは通算23回の優勝を誇り、チリのクラブでは唯一コパ・リベルタドーレスを制するなど、チリ屈指の強豪であり最も人気のあるクラブである。[1]

クラブ名のコロコロは、スペインによる侵略に対して最後まで降伏せず戦い続けたマプチェ族の首長の名前である。

目次

[編集] 歴史

コロコロは1925年4月19日に創設された。

1991年6月5日にエスダディオ・モヌメンタルでおこなわれた対オリンピア戦で3対0で快勝し、コパ・リベルタドーレスの優勝を決め南米サッカー界の頂点に立った。

1991年の12月8日に国立霞ヶ丘陸上競技場で行われたトヨタカップではユーゴスラビア(当時)のレッドスター・ベオグラードと対戦。初出場同士の戦いであった。コロコロはピサロ、マルティネス、バルティチオットを中心に優勢に試合を進めた。また相手のキャプテン、サビチェビッチが前半終了直前に退場処分になり数的有利な状態になったが、カウンターからの攻撃で3失点を喫し敗北、クラブチーム世界一になることはできなかった。

1980年代から1990年代は圧倒的な強さを誇るも、2000年代に入るとクラブの経営危機などもあり一旦弱体化。しかし、2006年以降はリーグタイトルを獲得し続けており、古豪復活を印象づけている。

[編集] ライバル

コロコロの最大のライバルはウニベルシダ・デ・チレである。そして、この対戦はエル・スーペル・クラシコ・デ・フットボール・チレーノ(チリのスーペル・クラシコ)と呼ばれ、チリで最も関心を集め、権威のあるダービー・マッチである。


[編集] タイトル

[編集] 国内タイトル

  • リーグ:29回
1937(シーズン無敗), 1939, 1941(シーズン無敗), 1944, 1947, 1953, 1956, 1960, 1963, 1970, 1972, 1979, 1981, 1983, 1986, 1989, 1990, 1991, 1993, 1996, 1997後期, 1998, 2002全国, 2006前期, 2006後期, 2007前期, 2007後期, 2008後期, 2009後期
  • カップ:14回
1933, 1938, 1940, 1945, 1958, 1974, 1981, 1982, 1985, 1988, 1989, 1990, 1994, 1996

[編集] 国際タイトル

1991
1991
1992

[編集] 過去の成績

[編集] 歴代監督

[編集] 歴代所属選手

GK

DF

MF

FW

[編集] 脚注

  1. ^ http://www.lanacion.cl/prontus_noticias_v2/site/artic/20090130/pags/20090130201049.html

[編集] 外部リンク