適応放散

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カンガルーは草原や疎林を好み、属名 Macropus にもある巨大な後肢を使い、短距離であれば時速70kmで移動できる。
適応放散の一例 キノボリカンガルーの後肢は他のカンガルー属のものと似ている。衝撃を吸収する能力が備わっており、20m程度の樹上から地上に着地できる。木に登る際は、もっぱら前肢の鋭い爪を用いる。

適応放散(てきおうほうさん、: adaptive radiation)は、生物進化に見られる現象のひとつで、単一の祖先から多様な形質の子孫が出現することを指す。

定義[編集]

生物の進化は、一つの種が次第に複数の種に分かれることを繰り返すことで起こったものと考えるのが、現在の進化論の定説である総合説の判断である。したがって、一つの祖先から多様な子孫が出現する、というだけでは、全ての進化に当てはまってしまう。しかし、その分かれ方が、あまりに甚だしく、広範囲にわたる場合に、特にそれを指して適応放散と呼んでいる。

より具体的には、様々な地方で個々に種分化が起きる異所的な種分化ではなく、同一地域において様々なニッチ(生態的地位)へと種分化が起きる同所的な種分化が起こっている場合に、このように呼ばれる。ただし、異所的な種分化が起きる場合でも、こう言われることもある。

最も代表的な例は、哺乳類有袋類におけるものである。有袋類の分布はほとんどオーストラリア大陸に限定され、また、オーストラリア大陸にはそれ以外の哺乳類としては単孔類コウモリしかいなかった。これは、より高等な哺乳類が出現する前に大陸移動によって孤立し、その後、その内部で高等な哺乳類が出現することもないままに、他の大陸とも繋がらずに孤立を続けたためと言われる。

残りの大陸では高等な哺乳類が出現し、アフリカアジアを中心に分化を続け、我々が知っているような様々な哺乳類を生み出したわけである。そのような知識を持って西洋人がオーストラリア大陸に入った時、初めて有袋類が科学の世界に知られた。そこには、カンガルーのような他に例のない姿のものもあったが、ネズミのような、リスのような、あるいはのような見覚えのある姿に近いものもあった。そして、それらが全て有袋類という、一つの群であったわけである。

実際に、有袋類の多様性はそれ以外の哺乳類全体の多様性に近いものがあり、特に古くない時代の絶滅種を含めれば、ほとんどクジラとコウモリ以外全部、というほどである。これは、有袋類以外に哺乳類が存在しなかったオーストラリア大陸では、外の地域で様々な哺乳類の群が取り合ったニッチを、有袋類だけで埋めることができたためと考えられる。

他方、哺乳類全体を考えた場合も、より大きい目で見れば、これを適応放散の結果と見なすことも可能である。

なお、先にも述べたように、適応放散そのものは一般的な種分化によって起こるものと考えられているから、この両者の明確な区別はなく、適応放散はさまざまな規模のものに対して使われる言葉である。

適応放散の起こりやすい場[編集]

適応放散という現象は、単一の先祖が多様なニッチに適応して行くことで、それぞれが別の種に分かれて行ったことによるものと考えられる。したがって、このような現象が起きやすいのは、沢山のニッチが空きになっている環境である。

しかし、一般に長期にわたって安定した生物群集においては、ニッチはある程度一杯になっているものと考えられる。空きがあれば、そこを利用するものが出現するはずだからである。したがって、大きく空きがあるのは、何らかの理由で撹乱を受けたか、あるいは始めから埋められていなかった場所ができた場合であると考えられる。

大規模な撹乱[編集]

撹乱と言っても、山火事程度であればせいぜい百年単位で回復するだろうし、火山の噴火でももう少し時間をかければ遷移が進んでしまうであろう。それに、もともとそこにいた種が生き延びれば、環境の回復に伴って個体数を回復するはずである。つまり、多数の種の絶滅を伴う程度の撹乱でなければならない。それがどのようなものであればよいかは想像がつかないが、地球では過去に数回の大絶滅があったことが知られており、そのような場合には、それに続く回復の時期にさまざまな生物群において適応放散が行われたと考えられる。哺乳類の場合も、恐竜の絶滅の後を埋めるように適応放散が起こったものと考えられる。

やや異なった様相を見せるのが、南アメリカにおける哺乳類である。南アメリカはかつては有袋類が生息していたが、北アメリカ大陸とつながったことで、より高等な哺乳類が侵入し、有袋類はオポッサムを除いて絶滅した。そして、侵入した哺乳類が適応放散をしたらしい。この場合、元のニッチを占めていた種と、新たな侵入者との間に競争力の大きな差があったものと考えられる。

初めから空いていた場合[編集]

もう一つの、初めから埋められていなかった場ができる場合というのは、つまり、全く生物がいないのに近い場所が生じることであるが、近隣に生物群が生息していれば次第に移ってくるだろうから、空白ではいられない。全く空白になるのは、他地域と隔離されたである場合である。特に、大陸の周辺の島は海進や海退によって陸続きになることが多いが、大洋の真ん中に形成される海洋島は、極めて長期にわたって孤立して存在する。ここに侵入する生物は基本的に海上を長期移動可能な鳥やコウモリ・上陸可能な水棲生物(蟹・亀など)しかなく、ほかには偶発的に漂着する動植物の子孫しか有り得ない。このような条件では、漂着した種の子孫は大きな空きニッチを利用できる。そのため、海洋島では限られたグループの生物しか存在せず、その代わりにそのグループ内で多数の種が見られる、ということが多々ある。これがこの場合の適応放散である。

最も有名な例は、チャールズ・ダーウィンが進化論の着想を得たと言われるガラパゴス諸島であろう。有名なゾウガメは島ごとに別亜種とされ、最大のイザベラ島には五つの亜種があり、全部で15亜種が知られている。これは異所的な種分化の例であるが、同所的な種分化の例で有名なのがダーウィンフィンチという小鳥の一群で、系統的には極めて近いものが、様々な餌を取り、それに応じて嘴の形が大きく異なっている。最も嘴が太いものは植物の種子を主として食べ、昆虫はほとんど取らない。嘴が細いものは、逆に昆虫を中心として餌を漁る。最もとがった嘴を持つ種は、木の割れ目などから昆虫をつまみ出して食べる。これはキツツキの生態的地位に当たると考えられる。それらは全部で13種に分けられているが、その祖先は多分1種であると考えられている。

しかし、最も派手な適応放散が知られているのはハワイ諸島である。この島では極めて独特な生物相が知られていた。鳥類ではハワイミツスイ科がこの諸島の特産で、40種以上が知られ、それらは嘴やその外見が大きく異なっている。また、昆虫ではハワイトラカミキリ属はハワイ諸島特産で、130種以上が知られている。この祖先は、おそらく北アメリカ南部のトラカミキリの一種だと言われる。また、世界で他に例のない肉食性のシャクトリムシすらも発見されている。ただし、現在では持ち込まれた外来種等の影響により、その多くが損なわれている。昆虫の三分の一が絶滅したとの見積もりもある。

地質学的視点から[編集]

さらに視野を広げれば、生物進化の初期における地球も、多くの空きニッチを持つ環境だったと言えなくもない。例えば多細胞動物が進化を始めたころは、そういった動物のためのニッチは山ほど空いていたはずである。カンブリア紀爆発というのは、そのような適応放散の一つであったのかもしれない。同様なことは、初めて陸上進出した最初の植物節足動物にもあったはずである。

適応放散と収斂[編集]

適応放散の結果として、さまざまな姿のものが現れた場合、他地域の生物と比較すると、系統が異なったものでも、似た生活をするもの同士が、互いに似通った姿になる場合がある。このことを収斂進化(収斂)と言う。また、この場合、異なった場所で異なった生物に共通な方向の進化が起きたと考えられ、これを平行進化という。

よく取り上げられる例[編集]

  • オーストラリアの有袋類
  • 新生代の哺乳類・中生代の恐竜
  • マダガスカルのキツネザル
  • ガラパゴス諸島のダーウィンフィンチ