菱川師宣

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『見返り美人図』 菱川師宣 筆 1948年発行の切手趣味週間の図案に採用されている。

菱川 師宣(ひしかわ もろのぶ、男性、元和4年(1618年)月日不詳 - 元禄7年6月4日1694年7月25日))は、日本近世にあたる江戸時代、その初期に活躍した絵師の一人。

浮世絵を確立した人であり、すなわち最初の浮世絵師である。

目次

[編集] 概説

それまで絵入本の単なる挿絵でしかなかった浮世絵を、鑑賞に堪え得うる独立した絵画作品にまで高めるという重要な役割を果たした。 浮世絵の確立者であり、しばしば「浮世絵の祖」と称される。

師宣は安房国平郡保田本郷(現・千葉県鋸南町)で暮らす縫箔師[1]の家に生まれた。 のち、江戸に出て狩野派土佐派といった幕府や朝廷の御用絵師たちの技法を学び、その上に、市井[2]の絵師らしい時代感覚に合った独自の新様式を確立した。また、遠近道印(おちこち どういん)と組んで製作した『東海道分間絵図』は江戸時代前期を代表する道中図として知られている。

故郷の千葉県鋸南町には菱川師宣記念館がある(#外部リンク)。

『拾弐図』の内「衝立の陰」 菱川師宣 画
菊の花を揺らす秋風を感じ、小川のせせらぎを聞きながら、衝立の陰で若い男女が睦み合おうとしている場面。
1670年代後期から1680年代初頭の頃(延宝年間)に描かれた春画。大判・墨摺絵筆彩(墨りの木版画に筆で着彩したもの[3]であり、浮世絵・草創期の古態)。春画揃物『拾弐図』の第1図。同じ揃物には他に第2図「低唱の後」などあり。春画揃物では通常、第1図・第2図での露骨な性描写は控えられる。これらの絵はそういった種類のものである。

[編集] 作品

代表作としては、世界的に有名な肉筆浮世絵である『見返り美人図』(右上の画像)が挙げられる。

この絵は、日本では昭和23年(1948年)11月29日発行の記念切手(『切手趣味週間』額面5円)のデザインになったことでも広く一般に知られたものである。

また、師宣は春画も数多く描いている。

[編集] 代表作

見返り美人図
美人画、肉筆画(絹本[4]着色)。女性は、17世紀末期当時の流行であった女帯の結び方「吉弥結び(きちやむすび)」と、紅色の地に菊と桜の刺繍を施した着物を身に着けている。それらを美しく見せる演出法として、歩みの途中で後方に視線を送る姿で描かれたものと考えられる。
歌舞伎図屏風
風俗画、六曲一双(紙本金地着色)、重要文化財。向かって右から、芝居小屋の表から始まり、華やかな舞台と賑やかな客席が描かれた右隻と、雑然とした楽屋と隣接する芝居茶屋での遊興の様子を描いた左隻からなる。小屋の櫓に掲げられた銀杏の紋と入り口の役者名の看板から、元禄5年(1692年)以降の中村座の様子を描いたものだと判明できる。あらゆる階層・年齢の人物、総勢二百数十名の表情や姿態を臨場感をもって巧みに描かれており、その完成度の高さから師宣最晩年の作品だと考えられる。

[編集] 脚注

  1. ^ ほうはくし、または、ぬいはくし。「縫箔」は模様表出に用いられる技法。「」は刺繍を、「」は摺箔を意味する。
  2. ^ 人が多く暮らす場所。町。
  3. ^ 画像のものは着彩されていない。
  4. ^ けんぽん。書画を描くための地の素材としてを用いているもの。そのうちの、生糸(きいと)で平織りされている通常のものを言う。上質で光沢のあるものは「本(こうほん)」と言う。
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[編集] 関連項目

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